第4話 永続的なシステム
——レベルE(遊び人への共有情報):反政府組織による歴史博物館襲撃事件の報道——
テレビ番組は宣伝局によって何本も並列して作られており、娯楽番組に関しては飽きないほどたくさんあるが、ニュース番組は遊び人の関心自体が少ないためかあまり枠がない。それでも、永約やトーキョー都市圏の動向を堅実に報道を続けている番組もあり、今回の歴史博物館襲撃の様子も放映されている。
明るいBGMと背景に人気のある女性アナウンサーが立っている。彼女はわかりやすい言葉でニュースを伝える。
「昨日、連邦歴史博物館にて反政府組織によるテロ行為が発生いたしました」
映像は歴史博物館が燃え盛る映像と、監視カメラによって捉えられたテロリストが破壊に歓喜するシーンが映し出される。その行為は残虐という言葉以外にあてはまるものはない。また、悲鳴をあげながらテロリストや火の手から逃げる学芸員の姿も映し出された。
「テロリストは永約の重要保管物を破壊し、その破壊行為をさも恥ずかしげもなく誇示していました。また、建物に放火を行った結果建物の一部が焼失し、危険性から現在博物館への立ち入りができなくなっています。このテロの首謀者である通名クロポ容疑者は旧時代復活を叫びながら犯罪行為を嬉々として行っていました」
クロポの博物館内での行いが映し出される。貴重な展示品を飾っているケースを叩き割る。壁を斧で叩きつけて傷つける。声を荒げて何かを叫んでいる狂気じみた様子だった。
「この被害に実際出くわした方が、インタビューに応じてくださりました。映像をご覧ください」
テロリストの侵入時、館内にいたとされる学芸員が泣きながらも応対する映像が流される。俯きながら涙声でしゃべり、手にはやけどの跡がはっきりと見える。
「奴らは私たちが大切にしていたものを奪いました。私は脅されて……暴力を振るわれて……うぅ……」
泣き崩れる彼女に同情の声が集まる。映像は破壊された絵画に写真、ナイフでえぐりとられた戦死者の名前などその事態の重さを表している。
「保安省はこの悪行に対し出動し、クロポ容疑者を含む全てのテロリストが現行犯逮捕されました。現在は保安省が取調を進めているとのことです」
遊び人の声は、そのほとんどがこの残虐な行為を許せないとの反応を残した。反政府組織に大衆の支持はどこにも存在しない。
——IS-3401:保安省——
あの作戦の次の日。僕は保安省にある取調室へやってきた。ヴェリタスがクロポに対して尋問をするため、それに付き添うこととなった。昨日、生命省で頬の傷を処置してもらったがいまだにひりひりしている。僕は取調室内部を窓から直接見られる管理室に入った。中にはコンセル省長とオアシスがいた。
「どうも、オルフェオ君。昨日の活躍はヴェリタスから聞いたよ。私も優秀な部下がいてくれてうれしいよ」
「お褒めのお言葉ありがとうございます」
「……傷は大丈夫?」
「特に問題ありません。あのナイフに毒が塗られているわけでもありませんでしたので。ところで、尋問って具体的に何をするのですか?」
この質問に、コンセルは苦笑いをしながら答える。
「尋問は相手から情報を聞き出すことだが、まあほぼ通過儀礼みたいなものだ。本当はしなくても情報はすでにあるので問題ないのだが、人道上あまりよくなくてね。それにヴェリタス君は自白する機会を与えてやりたいらしくてな。だから一応相手の意思を聞き出すつもりだ」
「とはいっても、こういう連中って自分から話したがらないんですよね。だから無意味なんですよ」
「まあ、ヴェリタス君の演技だと思ってゆったり見ていればいいさ」
「だったら、別に省長は来なくてもよかったのでは……」
「今回の事件は一応トーキョーにおいて重大だからな。私にも評議会への報告義務があるからな」
ヴェリタスはタブレットで資料を閲覧していた。乱れのない制服を着こなしている彼女は、待ちくたびれていた。そこに、手錠をつけられた状態で保安省職員二人に連れられたクロポが取調室に入ってきた。クロポは項垂れているようで、ヴェリタスの前に座らされた。彼女は静かに奴に語りかける。
「クロポ。君の反逆行為についてはもはや明らかだ。だが、君の口からぜひとも真相を喋ってほしい。君の犯した罪を消すことはできないが、それが君にできる唯一の罪滅ぼしだと思ってくれていい。君のいた組織についてでも、反抗する計画でも、どんな仲間がいたかでもいい。君が些細なものだと思っている情報でも構わない」
しかしクロポはうつむいたまま黙っている。1分の静寂。秒針の音と、彼女がトントンと机を指でタップする音だけがある。
「クロポ。これ以上黙っていても君のためにはならない。早急に白状してくれると心象もいいのだが……」
それでもクロポは黙ったまま、10分が経過する。僕たちは退屈そうに見るしかなかった。
「そうか、白を切るつもりか。そういえば君は……こっちの方が伝わるかな」
ヴェリタスは大きく息を吸って、何か喋り始めた。何かの言語のようだが僕にはそれが何なのか聞き取れなかった。しかし、微かであるが聞きなじみがあった。あのクロポが昨日呟いていた言葉に似ているようだ。クロポは俯きながらも握り締めた拳が震えていた。
「……一体何をしゃべっているのですかね?」
コンセルは笑いながら答える。
「旧来の言語……極東列島でかつて使用されていた日本語という言語だな。統一語が出来てから官僚も、遊び人も、そのほとんどが統一語を使用するようになったから私はもう忘れてしまったが……。確かヴェリタスの世代までは、まだ統一語ができる前の世代が生存していたから教育生の時に習得できたはずだ。クロポが日本語でしか意思疎通つもりがないと見抜いて、わざと喋っているな」
オアシスはそれを聞いて感心していた。
「すご~い!私の世代では習わなかったのでとても新鮮ですね」
僕はやっと理解した。昨日クロポが言っていた言葉は日本語だったんだと。だから僕にも分からなかったのだと。
クロポの動揺は隠しきれず、こぶしから腕へ、そして体全体へとぶるぶると震えが伝わり、その振れ幅も大きくなっていく。ヴェリタスはさらに弱点を突こうと旧来語《日本語》で挑発するかのように捲し立てる。日本語が分からない僕から見ても、それは明らかにオーバーな言い方だというのが伝わる。すると突然、クロポは机をこぶしで叩いて叫び始めた。衝動的になった奴はヴェリタスに罵声を浴びせる。……日本語で、その内容は僕にはちんぷんかんぷんだったが。ヴェリタスは突然の発狂に驚いたが、すぐに冷静さを取り戻して笑顔で聞いていた。その間もクロポの叫びは続く。声量は次第に大きくなり、窓を直接突き破るほどになった。
「…………だから俺たちはお前らに反抗したんだ!!」
クロポが突然統一語を喋った。ヴェリタスは笑みを止めて、呆れたような表情を浮かべた。
「なんだ。喋れるじゃないですか」
クロポは我に返ったがもう遅かった。部屋は再び静かになっていく。
「さて、喋れるのであればもう黙ってくれるなよ、クロポ。もう一度聞こう。私に話すことはあるか?」
「……ない。お前らに吐くことはない。たとえ拷問されても」
「拷問はしないですよ。非人道ですから」
「はあ。じゃあ吐くこともないな」
「……そうですか。非常に残念です」
ヴェリタスはため息をついてタブレットを操作した。すると僕たちの部屋に指示が届いた。コンセルはそれを確認している。省長はいつものことかのように言った。
「ついにヴェリタス君が折れたか。どうやら"アレ"を使うことに決めたそうだ」
その知らせを受け取ったオアシスは、奥の棚から何かを探していた。
「すみません、アレっていったい?」
「君は見たことがないのか……まあ、とっておきのものさ」
オアシスは棚からとある機械を取り出した。手を乗せる円盤とその上に電子モニターがある。まるでトロフィーのような不思議な形状をしており、根元には長いコードがぐるぐる巻きにされている。オアシスはそれを慎重そうに持っている。
「これだよ。これこれ。結局いつもコレに頼っちゃうんだから」
「まあ仕方がない。ヴェリタス君も使わないように粘ったが、無理だと悟ったようだな」
「じゃあ、新人君。私は両手が塞がっているから、一緒に来てくれない?」
「わ……わかりました」
僕たちは管理室を出て、隣の取調室に入った。
張り詰めた空気感の取調室に入る。僕を見るなりクロポはぎょっとした表情をみせた。昨日対峙した相手が平然と現れたらそのような反応になるのも当然か。オアシスは机に機械を置き、コードを地面にある接続口へぶっ刺した。機械は光出して接続を確認中とのことだ。ヴェリタスは、最後の警告を行った。
「これで本当に最後だ。自ら白状する気はないんだね?」
クロポは何も言わずにうなずいた。機械の接続は完了したようだ。
「では、永約に反逆したとして、簡易執行を行う。この機械にクロポの手をかざせ」
保安省職員がクロポを取り押さえて腕をつかむ。クロポは抵抗しようとしたが、手錠を掛けられているので無駄だった。彼の手が機械の所定の場所にタッチすると、機械は作動し電子モニターに情報を映し出す。クロポという男の存在を割り出し、様々な場所から情報の照合を行う。やがて情報は1つに集結し、画面の中に"もう1つのクロポ"を創り出した。ヴェリタスはのけ反って腕を後ろに伸ばして気軽そうに画面へ問いかける。まるで友人と喋るかのように。
「やあクロポ。元気にしていたか?年齢と出身を教えてくれ」
「やあ。年齢は54。トーキョー出身だ」
先ほどのクロポの声と全く同じ声が機械から流れてくる。画面内のクロポは本人と全く同じ挙動・癖をしている。本人は目を丸くさせる。ヴェリタスは本人を見た後に、会話を続ける。
「普段はどういった生活をしているの?」
「10時ぐらいに起床しモーニング。古い友人らと遊ぶことが多い。昨年は仲間と共に海に行ったんだが、そこで溺れそうになって大変だったよ。でも、ひさしぶりで楽しかったな~」
その後も画面のクロポは思い出話を語り始める。ヴェリタスは頷きながらそれを聞いている。当の本人はまったく状況が理解できていないようだった。まるで言い当てられたかのような間抜けぶりだった。僕はオアシスに小声で話しかける。
「これって……」
「……コネクトシステムよ」
そのシステムについて、僕はあまり知らなかった。というよりは、ほとんどの官僚にとって聞きなじみのないものだった。確か永約上の全ての情報を収集するシステムだったような……。そうか!と僕は察した。この機械がどういう効果をもたらすかを。そして、この後起きるクロポの絶望の顔を想像しながら。
「わかった。楽しい思い出話をありがとう。では、昨日の朝は何をしていた?」
「昨日はいつもの仲間と共に譚ア蜿」莉倩ソ?で反逆の決起集会を開いて、歴史博物館へ攻めに行ったさ。新人が考えてくれた作戦がすごく面白そうで。武器を各々揃えて10:30ぐらいに一気に攻め込んだ。それで……」
「おいおいちょっと待ってくれちょっと待って」
クロポは急に焦り出した。ヴェリタスは気にも留めていない。
「では、その博物館でどういう風に暴れたの?」
「仲間は放火や破壊行為をしていたが、俺は博物館の奥にすぐ向かって……」
その後の動向も機械はすべて喋りつくした。それも本人の体験談であるかのように、されど詳細に。
「では、君の仲間って具体的に誰のことだ?」
「仲間は、副議長のアインザックに行動隊のカムト、戦略策定のルータスに、……」
「おい!おい!しゃべるな!しゃべるな!しゃべるな!!」
クロポが暴れようとしたが職員によって取り押さえられた。奴は机に押さえつけられ、身動きがとれなくなった。画面上のクロポは気にせず名前を読み上げ続けており、ヴェリタスは愉快そうに記録する。反逆者の一味計73名を読み上げ終えたときには、クロポは泣き出していた。
「どうして……どうして!」
ヴェリタスは真顔になって本人を見つめる。
「君が答えなかったから、代理で情報に答えてもらったに過ぎない」
ヴェリタスはにらみつけて言葉を続ける。
「この機械は、永約の情報保管庫に繋がっている。すべての情報の保管を担当するシステムによって君の日常も、君の癖も、君自身も再現することが可能だ。情報は君自身がもたらしたのだから、さっき喋ったのも君さ」
コネクトシステムの運用方法を初めて知った僕は、驚かずにいられなかった。根幹の機関であるにも関わらず、コネクトシステムはその実態が明らかにされていなかった。監視カメラから、物資から、ネットワークから、チップから。この世界のありとあらゆるところから些細なものまで収集した情報は、この機械によって「その人」を再現するように変換される。画面内にいるのは間違いなくクロポ本人である。
そんな本人は、状況が読み込めていないようで口をあんぐり上げていた。
「人間の記憶は自分に都合よくつなぎとめるバグがあってね。それに引き換えて、ここに集まる情報は客観的で中立的な、私情のない私情を取り出すことができる。君みたいに反逆して心を開かない人にとっても有効だ。例え目を背けようとしても、記憶を消し去ろうとしても、システムは、そして永約は真実を収集する」
クロポは本気で後悔しただろう。クロポにとって永約は小さくて非力な存在に映っていたかもしれないが、その考えが愚かであることに今更ながら思い立っただろう。
「情報は多元的に収集される。カメラはもちろん、電子機械や武器などの物品からも情報が発信されている。それに君自身に埋まっているチップからも。おかげで情報も丸見えだったからスパイも無事差し向けることができたさ」
その言葉にクロポが固まる。
「……スパイ?」
「え?知らなかったのか?それであの作戦を?」
「……」
「そうか。知らなかったのか。では、君を見届けてもらいますか。入っていいぞ」
すると一人、部屋の中に入ってきた。服を着た人型のプロキシ。彼はヴェリタスに敬礼した。ヴェリタスが立ち上がって彼と握手するのを見たクロポはわなわなと震える。
「保安省第四特殊部隊所属のルータス。長い潜入を終えて帰還いたしました」
「ご苦労。内部情報の共有から作戦誘導まで危険な任務だったが、無事成功出来てよかった」
「ルータス!お前か!!!」
クロポの怒りが頂点に達して立ち上がった。すぐに職員が彼を押さえつけて地面に倒れる。ルータスは小汚いものを見るかのようにクロポに視線を向けた。
「貴様はプロキシだから俺よりも賢いと思って信用していたのに!」
「勝手に信用するな、反逆者が」
ルータスの眼光はクロポの心をずたずたにさせたようだった。
ヴェリタスは一件落着したと一息ついて語りかけた。
「……さて、これで尋問は終わりだ。罪の有無は確定した。あとの処置は法務省に任せよう。もう君自身に興味はない。"君の情報"はもうあるから」
職員はクロポを取り押さえて独房に連れ戻そうとする。クロポは暴れたがなすすべもなかった。
「お前ら!詐欺師ども!絶対に許さないぞ!絶対に許されないぞ!」
怒号は取調室から出てもなお、その声が響きだけになっても続いているように感じた。
「ではヴェリタス。私はこれで失礼する」
「ルータス、お疲れ様」
ルータスが退出する。オアシスは機械を片付けにすでに部屋を出ていた。僕はヴェリタスに問いかけた。
「なぜ最初からこれを使わなかったのですか?……情報は最初から手の内にあったということですよね?なぜわざわざ尋問を?」
ヴェリタスはすこし考えてから、席に座って静かに答えた。
「そうだな。情報そのものは最初から分かっていた」
「ではなぜ自白を促すようなことを?」
「……私は、彼ら自身の口から語ってほしかった。人類は、自ら真実を語る機会を与えられるべきだから。……それが、永約の掲げる善だと私は信じている」
ヴェリタスは用のなくなった部屋から静かに退出した。取り残された僕は彼女の真意をいまだにかみ砕けなかった。




