第3話 未だ抗う者たち
——レベルD:極東列島の歴史——
自由・公平・平和を体現した永約が存在する以上、旧世界の国家に対する態度は冷たい。とりわけ、ここ極東列島管区における「日本」という国家のイメージは、その選択肢によってもたらされた悲劇があるため、より悪いものとして記憶されている。
日本はかつてこの地に存在した国家である。第二次世界大戦によって一度破壊されつつも奇跡的な立ち直りをした日本であったが、大戦争によって東京の核攻撃により、国家中枢機能が一時麻痺してしまった。国家を支えてきた政治家と財界、裏から政治を率いた官僚、そして象徴であった一族は喪失してしまった。生き残った政府関係者は関西において挙国一致政府を立ち上げたが、地方においては政府の考えから外れた人々たちによって、もとより進駐していたA軍や千島列島より侵攻してきたB軍との抗争が始まっていた。
歴史的な事項を2つあげると、××において極右団体の率いる武装部隊が駐屯していたA軍を襲い、幹部の捕縛に成功してしまう事件が起きた。同時期、侵攻してきたB軍に対抗するため、軍と極左武装集団の共同戦線が釧路《諸説あり》にて交戦していた。こうして日本は図らずも大国どちらも敵に回す事態へと陥った。
この危急存亡の秋に日本が提示した譲歩案は最悪の結果を招いた。両大国の陣営に対する譲歩として、北海道をB国に割譲し、沖縄などの太平洋上の島々をすべてA国へ明け渡す条約に調印した。このようにして、日本はかろうじて大戦争の最中に中立を再び保って平和を堅持しつつ乗り越えられると思われた。
しかし、抵抗運動を続けていた組織が政府に反発する事態へ発展した。政府の一時的機能不全により銃火器が不法に一般社会へ出回ってしまったため、これらを止めることは不可能だった。爆弾テロに拉致や襲撃によって、生きのびた高官らもそのほとんどが死亡あるいは離反したとされている。
象徴も、権威も失った列島は多数の勢力によって引き裂かれ、互いに殺しあう「第二次戦国時代」へと突入した。正統な現地政府に極左極右集団、企業や宗教団体、軍や新たな新興勢力、さらには撤退し損ねた外国軍や外国亡命政府が入り乱れる、世界核戦争・世界混乱の時期においても特異な歴史を歩むことになった。互いの勢力は民間人も含めて従わないものをすべて殺したり奴隷扱いしたりしたため、被害は第二次世界大戦や東京被爆の惨劇をすぐに越えることになった。
結果として、日本人と呼ばれた人種の6割強が死んだとされる。
地球連邦が発足した際も、この地域にはそれに賛同する勢力がほとんどいなかった。そのため、この地域には連邦協同による武力侵攻が行われた。この戦いで無数の現地勢力を叩きのめして永約の下で復興が開始された。皮肉なことに、現地に残った多数の人々はこれを歓喜の声で迎え入れた。
かつて東京と呼ばれた地域はトーキョーとして復活し、一気に都市改造が進んだ。また、人口減少を受けて様々な方策を講じた結果、人口についてもある程度回復した。これら諸政策によって、この地域は永約においても有数の模範都市として君臨している。
一方、「日本」を取り除くために様々な矯正が行われた。これは他の地域でも同様にナショナリズムや郷土愛の再燃を防ぐために施行されたものである。人類は人類という広い範囲での連帯こそが有意義であり、それを拒み縮ませるような排他的な考えはあの核戦争をも引き起こした理由であるとされた。かつて日本人と呼ばれた人種の多くが他地域に分散され、代わりに別地域からの人種を混ぜることで日本人としての独自性を破壊しようとしたし、宗教や道徳観はもちろんのこと、文化や言語についても改められた。
これは決して悪いことでない。なぜなら、あの大戦争はそうした差異によって引き起こされたものだから。永約がその包括的な願いで人々をまとめたように、差異を意図的につくってはならない。差異は、自由・平和・公平を汚すものだから。
——IS-3401:記録——
配属から4日目。本日は起こるとされる暴動の日である。いつもより早く保安省についた僕は、エレベーターで保安省長であるコンセルにばったり出くわした。もうすぐ60代になるラテン系の男性省長は、生え際が見えており体型も小太りだが、大柄で貫録があった。彼は大きな咳をした後に話しかけてきた。
「ようオルフェオ君。調子はどうかね」
「順調です。……少しばかり緊張がありますが」
「今日のことか?大丈夫、平穏に終わるはずだ」
省長は今回の件をかなり楽観的に見ているようだった。
「今日はヴェリタス君の大仕事を支えてくれよな。あの子は永約にとって大切な人物さ」
「はい。力を尽くします」
「その意気だ。保安省に勤めるもの、永約を守護することが使命であるからな」
彼は僕の肩を強くたたいた。ベルが鳴ってエレベーターが省長室のある地下3階に着いたと合図する。
「では達者で。現場のことはヴェリタス君が指揮するはずさ。いい結果を待ってるぞ」
大柄な男は陽気に手を振って去っていった。
第一特殊部隊の部屋にはすでにオアシス、他にも数名特殊部隊からの応援が来ていた。僕はオアシスに話しかけた。
「おはようございます。オアシスさん」
「ああ、おはよう。今日はいよいよね」
意外に乗り気な彼女を目にして少し引いてしまう。
「そ……そうですね」
「あまり乗り気じゃないね……。もしかしてこういう戦闘とか苦手?」
「いえ、そういうわけではないのですが、実戦するのは初めてでして……」
「大丈夫、大丈夫。へまなんて気にしたら本当にしてしまうものなんだから気にしないほうがいいさ。万が一、怪我しちゃったらヴェリタスが慰めてくれるよ。きっと」
「ああ、ハハ。そうですかね」
正直、ヴェリタスが部下にねぎらいの言葉を投げかけるなんてあまり想像できない。ましてや怪我のような失敗した部下を慰めるなんてことは考えもつかない。
「ところで、ヴェリタスさんはどこに?」
「さあ、知らないよ。緊張していてどこか別の部屋で心を落ち着かせているんじゃないかな?」
「緊張するんですか?」
「そりゃするよ。彼女にとってもこの規模の出来事は初めてなんだから。立案の時は結構ノリノリだったけど、いざやってみるとなるとね」
「そうだったんですか!あの言い方からしててっきり慣れているものかと」
すると扉の奥から足音が聞こえてきた。間違いなくヴェリタスのものだ。
「やっと来られましたね」
「どんな顔で入るんだろうね、わくわくする」
勢いよく扉が開けられてヴェリタスが部屋に入ってきた。いつもと変わらない冷静さを醸し出しているが、裏に少しの引きつりが見える。彼女は気を緩めずに歩を進めて、自身の定位置に着いた。
「諸君、おはようございます。応援の方々もありがとう。これから計画の最終確認を行う」
奥にあった緊張を殺してきりっとした表情に戻し、彼女は机のパネルを操作して作戦説明に入った。
「反逆者の首謀者は通名をクロポと名乗っている男だ。トーキョー出身の遊び人。人物の主張ははっきりとしていないが、恐らくアナキズム的な思想を持っている人だとされる。今回の暴動では、彼とそれに従う連中によって引き起こされる。メンバーは以下の通り」
現れるであろう反逆者の顔写真が貼られる。このなかでやはり目立つのは今回の首謀者である、髭の剃りが甘くてボーボーな男だ。写真はかなり鮮明で比較的最近に撮られたものだった。
「反逆者どもは10時30分ごろに歴史博物館を襲撃予定。我々は奴らの襲撃を確認した後に暴動を止める作戦だ。応援部隊については各自通達通りに事を行え。オアシスとオルフェオは裏口倉庫に事が起きる前から潜入して、敵が逃げ出さないように見張っていてくれ」
「承知しました!」
全員の声が部屋中にこだまする。
「拳銃のレーザーレベルは3まで許可する。今回の目標は敵の捕縛である。決して相手に殺されず、そして相手を殺してはならない」
僕は拳銃を腰から取り出して、レベル設定を確認する。今日使われている銃は、銃内部で自活・自動補充されるレーザーを撃つことで発砲できる。このレーザーには定められたレベルがあり、段階が上がるにつれてその威力が増していく。レベル3は平常時に使用が許可される最高レベルで、最大で生命の一時的気絶が可能である。敵を無力化させられるが死には至らない。
「各々、反逆者の幼い野望を打ち砕け。人類に栄光あれ、永約に幸あらんことを」
ヴェリタスが規律よく敬礼する。作戦に従事する者はすべてこれに続いた。
予定時刻の2分前。僕とオアシスはひとまず先に裏口側で待機することとなった。輸送用のトラックとコンテナがあるだけで、敵を余計に近づけさせるようなものはないはずだ。すでに博物館に従事していた官僚らは暴動に巻き込まれるのを防ぐために全員避難が完了しているとのことだ。僕は物陰に隠れながらオアシスに小声で話しかける。
「予定通りであればあと2分ですが……」
「やっと始まるね。準備大丈夫?」
「大丈夫です……本当に予定通りに始まるのでしょうか?」
「バタフライシステムの予告よ。これくらい当たっているはずよ。それに、今回は敵内部に私たちの協力者がいるみたいだし」
「そうなんですか?」
「言ってなかったかしら。彼がここに誘導しているはずよ。だから全部分かるのよ」
予定時刻になった。博物館の表側から騒ぎの音が聞こえ始めた。騒ぎ声、怒鳴り声、叫び声。爆発の音、ガラスが割れる音に、燃えるような音。微かなシンナーと煙の匂い。
「本当に始まってしまった……」
「私たちがすることはここから脱出しようとする人を捕らえること。いいね?」
「そうですね」
「だからまだ動かないよ。敵が存分に暴れているのを待つのよ」
「……分かりました」
僕は拳銃のグリップを強く握った。1分、2分、3分、……10分。まだ動いてはならない。本部からの連絡もまだ何1つない。敵はその間も暴れ続けており、燃え盛る火は展示品どころか建物そのものを燃やし尽くすかもしれない。まだ裏口の倉庫には敵が誰一人来ていないため私たちはばれずにすんでいるが、煙はドアの隙間から侵入してきている。
まだかとしびれを切らしていたその時、目の前に電子パネルが形成される。チップを通じて具現化されたそれは作戦開始の合図だった。
鎮火するスプリンクラーの音。煙を逃がすダクトの開放音。入り口からは多数の足音と共にレーザー銃の発砲音がする。わずか2分間で、暴れていた敵の鎮静化を達成したとのことだった。鮮やかな作戦だった。
「どうやら、大半は仕留めたらしいね。でも、まだ警戒するのよ」
「はい」
僕たちが息を潜めていると、倉庫のドアを蹴とばす音がした。3人の反逆者が逃げ込んできたようだった。黒いニット帽とマスクで顔を覆い、一人は包丁を構えている。敵は必死になってこの建物から逃げ出そうと出口を探している。オアシスが、僕に向かって頷いた。
僕は顔を出してすかさず反逆者の一人に向かって発砲する。その弾は見事腕に命中して、刃物を落とさせた。敵は銃弾に当たらないようにと隠れ逃げ惑うが、僕たちがそれを逃すことはなかった。速やかに接近し、相手の足首に向けて撃った。足の神経を一時的に麻痺させて、抵抗能力と逃走能力を奪う戦術だ。数時間後には回復する上に後遺症も残らない。なんとも非暴力的で人道的な処置だろうか。敵は痛がってもがき苦しんでいるが、外傷を与えようとしない僕たちがどれほど寛大であるかに気づいていないようだ。
すぐに、入り口からやって来た他の特殊部隊が僕たちの所にやってきて、反逆者たちを護送車に連れて行った。すでに多くの反逆者が自主投降あるいは強制的に捕らえられたようだが、肝心の黒幕であるクロポは建物の奥に逃げ込んだようだった。本部にいるヴェリタスから僕たちに通信機で連絡が直接入った。
「クロポは君たちのいる倉庫から近い場所にいるとされている。オアシスは念のためにここで待機、オルフェオは建物奥を捜索してくれ。くれぐれも無理はするな」
「了解しました」
僕は連絡を切って博物館内へ入っていった。
「オルフェオ、気を付けるんだよ」
「敵はたった一人です。問題ありません」
オアシスは少し不安そうな顔をしていたが、僕は構わず進んでいった。
火はすでに鎮火されており、煙も徐々に薄まって視界に問題なかった。それにしても、数分前まではここで暴動が起きていたのにも関わらずとても静かだった。ガラスが割れたショーケース、火の粉を浴びた連邦成立時の写真。壁には極東列島遠征の従軍功労者の顔写真と勲章が並べられている。その奥には、従軍死者の名前を記した場所があるらしく、どうやらそこにクロポがいるとのことらしい。自分の足音を抑えて周りに警戒しながら、その部屋にたどり着いた。
360度壁一面に従軍死者の名前がずらりと記載されている部屋。その真ん中でクロポは堂々と立っていた。小汚い茶褐色のローブにもじゃもじゃとした髭。手には何も持っていないようだ。この場所は何も傷つけられていないようで、奴はただ何か小声でつぶやいている。その声を聞き取ろうとも、仲間を待とうともせずに僕は奴に接近する。
「手を上げなさい、反逆者」
彼は僕に気づいたようで、こちらにゆっくり向いた。僕は銃を構えながら近づく。奴の口が動いているのが見える。
「watashitachinokuniwo……」
奴は何か喋っていたが、何を喋っていたのか僕には理解できなかった。僕の知っている人類統一語ではないようだ。奴は何かを主張したいのか捲し立てているが、内容が全く見当もつかなかった。奴とは会話できない。対話できない相手が何を考えているかは不明だ。僕は不気味さに凍える気持ちを押さえつけて、理性を銃に託す。
すると突然奴は何かを察したかのように笑い出し、俯いてぶつぶつとまた何かを言っていた。僕の息はいつの間にか荒くなっていた。
「…………日本」
小さなつぶやき、しかし完全に聞き取れたその言葉によって完全に動揺した。その瞬間、クロポは裾に隠していた投げナイフを取り出して僕に投げつけた。迫りくる刃を僕は瞬時に避けてクロポに発砲する。ナイフは僕の頬を少しかすって壁に突き刺さった。銃弾は彼の腹に命中して気絶させたようだった。頬を熱いものが伝わる。指先をみると血であり、頬から垂れ落ちて制服に染みこんでいく。もし遅れて首や顔を直撃していたら死んでいたかもしれない。
……だがそんな終わった話を気にするほどの余裕はなかった。僕は息を整えて奴に近づいた。容疑者クロポの顔写真と一致。容疑者の意識喪失を確認。抵抗能力なし。通信機を取り出して僕は本部に連絡する。
「首謀者クロポを気絶させました」
「オルフェオ、よくやった。そちらに護送用の応援を派遣する。しばし待ってくれ」
「はい、ヴェリタスさん」
クロポの捕縛をもって、今作戦は成功をおさめた。遊び人、および特殊部隊以外の官僚の死傷者は0である。一部展示品に傷ができたものの、建物自体の焼失は避けられた。
クロポを護送役に引き渡した後、僕は本部に戻った。ヴェリタスとすでに帰還していたオアシスがいた。オアシスは僕を見つけて駆け寄る。
「新人君って、早々に大手柄を上げたね~……ってなにその傷!大丈夫?」
オアシスは明らかに動揺していた。血はいつの間にか止まっていたが、傷跡がはっきりと頬に残っていた。
「戦闘で少し掠って……これぐらい何ともないですよ」
「いやいや、すぐに手当てしないと」
オアシスが大声で焦っていると、ヴェリタスもやって来た。彼女もその傷を見て申し訳なさそうな顔をしながら僕に言った。
「すまなかった。危険な目に遭わせてしまったな」
「無事なので問題ありませんよ」
「だが、少しの傷だってケガはケガだ。早く生命省で治してもらいなさい」
「そこまで大袈裟な……」
「もう今日の任務は終わりだからさ。君の体のためにもだ」
僕は彼女らに生命省へ行くことを急かされた。僕はそこまでしてもらう訳にはいかないと思っていたが、ヴェリタスが生命省に直接連絡までしたため、仕方なく治療に向かうこととした。勝利に湧く作戦本部。武勇伝を語る者。黙々と後処理を行う者。この部屋を出る前にヴェリタスは僕に向かって語った。
「オルフェオ、今回の作戦において一番の手柄だ。これからも期待している」
その言葉は、僕の傷が勲章になった瞬間だった。僕は功労者として高らかとその場を後にした。




