第2話 清廉な地上都市
——レベルD:遊び人について——
「遊び人」は人類永約における社会的役割の一種。人類の文明・文化を発展させるために活動する存在である。永約における、官僚以外のすべての人類がこれに属する。
遊び人は、幼少期の基本的教育のみを受けた後に地上へ出た者や、エリート教育の途中に遊び人へ編入した者、あるいは元官僚が遊び人に転身した者とそれぞれ出身が異なる。
遊び人の任務は単純明快、この世におけるあらゆる娯楽を消化することである。人類が今まで保持・進化させてきた文化を体験し、人類の文化的発展を促進させるための存在である。そのために、生活の安全は保障され、食事や医療を含めたサービスも充実している。
彼らには官僚以上の自由が保障され、その生活における選択肢は豊富である。スポーツや芸術に努める者もいれば、ゲームや恋愛に没頭する者もいる。それらは永約の理念に反しなければその全てが認められる。人類の文化は停滞から脱し、これまで以上のスピードで消費・昇華されて日々進歩している。
彼らは地上で生活し、その人生に花を咲かせることが使命である。それこそが、有史以来人類が待ち望んできた天国と形容される世界であり、その実現のために血を流し続けた人類の到達点として祝福されるべき場所であるはずだ。
遊び人よ。永約による幸福の賜物よ。その至福をもって栄華を極めよ。
——IS-3401:地上——
正午すぎ。地下深くにある保安省から地上へ出ることになった僕とヴェリタス、オアシスはエレベーターで地下の最上部まで行った後、階段で地上を目指した。官僚が通るためだけに造られた暗い通路はとても簡素で、電光が足元を照らすだけだった。長い階段を登っている最中、ヴェリタスは僕に尋ねた。
「そういえばオルフェオ。君は今まで地上にでたことはあるかね?」
「いいえ。実は初めてです」
「そうか。私が教育生のときは地上に出る機会があったが、もうそうこともなくなったのか」
「そうですね。地下に必要な施設が移設されたので、地上に出る必要がなかったんです」
「では新人早々、地上に出れてよかったな。所属先によっては、地上に出るタイミングが一瞬たりともないところも珍しくないからな」
僕は本当に地上を見たことがない。エリート教育を受けてきた官僚候補生たちはすべて地下で教育を受けてきたから当然のことである。地上の話は何度か教えられてきたが、身近に感じるものではなかった。どこか遠い世界の話のようで。
「地上の世界って楽しいのですか?」
「楽しいか……。別にそうは思わない。地上にあるものはほとんど遊び人に向けられたものであり、私にとって退屈な産物でしかない」
ヴェリタスの私見に、すかさずオアシスが口をはさんだ。
「悪いところだけ言わないの。地上は地上で素晴らしいところよ。本物の動植物がいて、昼夜があるの。街はにぎわっていて、いろいろな人がいるのよ」
「……そうかもな。どう思うかは人それぞれだが、保安省の人間として、官僚として、地上の実態をはっきり認識することは大事だ。君もしっかりみて実感しなさい。教育生時代の無味乾燥なものよりもずっといいのは確かだから」
「そうですか。わかりました」
コツコツと階段をあがり地上に迫る。あともう少しで地上という地点に、開けられた大きな門があった。かなり重そうな扉だ。その前には保衛省のプロキシの警備員がいる。ヴェリタスは歩を少し早めて話しかけた。
「警備員、要件故にここを通してくれ」
「ああ、ヴェリタスさん。今日もお元気で。地上に要件ですか?」
ヴェリタスは警備員にチップのある左手を差し出し、警備員に確認させていた。
「公安局の用事でやって来た。部下が二人いるからその分も頼む」
「承知しました。お二人もこちらに」
やがてプロキシは僕のチップを確認した。
「おや……あなたさん。地上は初めてのようですね?」
「ああ、この子は初めて上がるんだ」
「そうでしたか。では、気を付けるのですよ。眩しいですから」
プロキシとオアシスは笑った。ヴェリタスは特に表情を変えずにこちらを向いている。
「眩しいって……そんなに気をつけなきゃいけないことですかね……」
「そうですよ。最初はクラクラする人も多いので」
「直に慣れる。ここで止まってないで着いてこい」
地上に向けて再び歩き出す。階段を上るにつれて足元の光は徐々に広がりを見せる。自然の電球の光は膝に、腹に、肩にと次第に広がっていきそして目に突き刺さった。予想以上の眩しさに目を堪えながらも進み続け、ついに地上にたどり着いた。
地上世界。かつて東京と呼ばれた街。大戦争の核攻撃によって更地と化したこの都市は、度重なる改造政策で地球上でも有数の大都市に回帰した。本日の天候は、とても過ごしやすい晴れ模様。初めて見る空は青く、雲がゆらりと漂っている。適温が保たれている地下よりも気温が暑いようで、周辺にいる人々はほとんど半袖の服を着ている。少し風が吹いているようで、初めてあたるその感触はこそばゆかった。地上に残る一部の官僚機関がまとまったビル群の周りには多数の遊び人のための街が満遍なく連なっている。食事処はもちろん、映画館や遊園地に……。ありとあらゆる娯楽で敷き詰められた文化的都市がそこにあった。映像でしかみたことがないネコやトリたちが自由気ままに生を謳歌している。
そして遠くからも一際目立つ、都市の中で一番高い塔……僕はそれをモニター越しの写真でしか知らなかったが、実物を見てそのすごさに驚きを隠せなかった。
「ヴェリタスさん、あの塔がバタフライシステムの塔ですか?」
ヴェリタスは頷いた。
ガラス張りの高く聳え立つ塔。他の建物の追随を許さないスタイリッシュさ。あまりにも高くその頂点は雲によってみることを遮られるほどだ。そして塔内部には永約の中でも最高傑作とされるシステムが配備されている。その名もバタフライシステム。この世の全ての情報を収集しそれを基に未来を予測できる。かつては大体の予想でしか把握できなかった地震や台風などの自然災害を事前に察知し、いつどこでどれぐらいの規模の発生するかを事前に検知することが可能になった。それだけでなく、世界中のありとあらゆる人と物の動きをデータ化し、それによってどのような運動が起こりうるかも推察できる。
今回の「最高機密事案」においても、この塔の予測なしには成し得なかったことであり、現代人類においてこのシステムは欠かせない。この塔が示すのは予言ではなく、告知だ。
「とても美しい……」
「わかる。地上に出るときはついつい見惚れるのよ。外装は変わっていないはずなのにいつも光り輝いているように見えるの」
僕とオアシスが感心して足を止めていると、それに気づいてヴェリタスが戻ってきた。
「永約の栄光、象徴そのものさ。あれのおかげで今日も人類が平穏に暮らせている。って何をしている。早く向かうぞ」
「あ、すみません。ついつい」
僕はもう少し留まりたかったが、職務上ずっとそこにいる訳にはいかなかった。
「さて、指定の場所がここから近いから歩きで目的地まで向かうことになっている。オルフェオも慣れないかもしれないがよく地上を観察しなさい」
「承知しました!」
僕の心はすでに高揚していた。
強化ガラスで造られた官僚専用の連絡通路を通りながら、僕は街を観察する。ガラス越しでも外で多様な音が鳴っているのがわかる。流行りの歌を歌いながら歩く人。面白い話なのかゲラゲラと笑う声。音楽の交差。信号の音。鳥の鳴き声。木漏れ日の音。そして、街のビルに架けられた大型モニターが今日の推し商品を宣伝している。
「皆さん!今日は昨日よりもさらに暑くなっています。そこで、今日は柑橘類のアイスをより多く提供しております!近くの販売所にぜひお越しください!」と官僚用のテレビよりも平易な言葉で案内されている。モニター下の販売所には、すでに多くの遊び人がアイスを求めてにぎわっていた。冷たさに喜びを噛みしめる人。頬に当てて冷たさを感じる子ども。そして絶えず来る人に接客し続ける官僚たち。
旧世界で不公平をもたらしてきた貨幣制度は存在しない。すべての人類が統一された今、科学技術の進歩を求めること以外に無駄な競争をする必要はなくなり、人々は誰でも安心して潤沢な物資の恩恵に授かることができている。このアイスも、他の物品も永約に集う人々さえあれば誰でも買うことができる。
物珍しそうに僕が群がる人々をみていると、オアシスがこっそり補足する。
「ここが近隣でも有数の大都市だからというのもあって、かなり優秀な官僚人材が揃っているから、あのように宣伝と供給をうまく釣り合わせられているんですよ。他の都市だったらうまくいっていないところもざらですから。どっちにも偏らないのは宣伝局と資源省の原資庁、そして地上省がうまく連携しているおかげなんですよね」
進歩省が生み出したバタフライシステムで天候を正確に読み取り、それに基づいて資源省と宣伝局が見合った計画を立て、地上省が地上にいる全ての人へのサービスを行う。全ては遊び人が持ちうる欲望を満たすため。そして人類の文化を発展させるため。苦もなく目的の品を手に入れられた遊び人たちの様子は嬉しそうに見えた。
街の中心からすこし外れた閑静な場所にある連邦歴史博物館。その名の通り連邦(永約)の歴史を綴った場所であり、歴史的遺産の保管庫としても使われている。入り口前には、連邦成立のときの代表者を模した銅像が建てられており、柱には永約の旗が掲げられている。まばらだが遊び人の入場者もいるようだ。そして、この施設が例の「最高機密事案」の現場になると予告された場所であった。なるほど。永約の歴史を汚したい者どもにとって都合がいいのだろう。ヴェリタスは二人に語りかけた。
「では、準備に取り掛かろう。オアシスは前に言った通り建物内を。オルフェオは私と来なさい」
「分かった。新人君、頑張りなさいよ」
そういってオアシスは駆け足で博物館へ入っていった。彼女が入っていったあと、ヴェリタスは僕に話しかけた。
「さて。私たちがやることは近くの建物に対策本部を設置することだ。当日の対処を行うための総括場所さ。具体的にすることは...。まあ送られてきた荷物の荷ほどきとかだ」
「わかりました」
僕とヴェリタスは向かいにある近くのビルに向かった。指定されたところは誰も使っていない空き部屋だった。部屋にはすでに机と椅子が乱雑にまとめられており、運び込まれたであろう段ボールにはパソコンや銃器が入っていた。僕は配置図通りに机を並べ始める。しかし、すぐに疑問が生じた。
「ヴェリタスさん。これって本当に私たちがやるべき事柄でしょうか?」
ヴェリタスは作業をしながら淡々と答える。
「黙ってやること。考えない方がいい」
「しかし……」
「資源省が人を寄こさなかったから、私たちがすることになっただけ。そもそもこの計画は私が立案したものだから、その過程や遂行に責任をもつことは当然のこと」
「でも、この量を私たちだけでやらなくても...保安省に他にも特別部隊はいるでしょ?確か当日は一緒に来るんでしたよね?」
「彼らは今日別の任務をしている。計算通りだと、私たち二人でも三時間ぐらいすれば完了するとのことだから」
「……そうですか。頑張ります」
「あまり文句をいうものじゃない。任務は山の頂点だけじゃなくて土を固めていかないと崩壊する。今のうちに慣れておきなさい」
僕は、華々しいはずの保安省の仕事の最初がこれかと少し落胆していた。もっと違うものを想定していた。
「ところで、この計画ってどういうものなんですか?当日の行動については私に共有されていません」
「具体的な話はまたする。簡潔にいえば、暴動者にわざと暴れさせてそれを口実に捕まえるって手法。評議会としては、反逆者が暴れているという事実を露出させたいわけだ」
「しかし、ここは人通りが少ないといえど遊び人のいる地上ですよ。そんな場所で反逆する人を目の前に出すといけないのでは?それに万一巻き込まれたりしたら……」
「当日はこの地域への立ち入りがやんわりと制限されるようになる。建物自体への立ち入りに関してもだ。遊び人に被害が移らないようになっている」
「それもそうですが、彼らが暴動に加担するリスクが……」
「それは決してないさ。反逆する者は遊び人にとっても敵だから」
「本当にそうですかね……」
ヴェリタスは作業の手を止めて僕をぎょっと見つめる。一瞬にして恐怖が僕を支配した。
「官僚であることを自負するのは構わないが、プライドからくる官僚特有の遊び人への見下し癖はやめたほうがいい。これは君だけの話じゃないが。遊び人だって十分に賢いさ」
「……ありがとうございます。自覚いたします」
ヴェリタスは再び作業に目線を向けた。彼女の考え方は今まで接してきた人々と比べて異なっていた。教育生時代、官僚になれるという羨望と、そこから滑落したくないというプライドから優越的な気持ちを抱こうとするのは自然なことだった。永約の原則に従えばこうした差別も禁止されているにも関わらずだ。誰も直接的なことは言いやしないが、官僚なら誰もがそう心の内では思っているだろうと。それを上層部は気にしないし、内心の自由は官僚にもあるのだから。しかしそれ以上に、彼女は永約に対して厳格であるのかもしれない。
「同時に官僚だってただの駒ではないはずだ。私だって数々の苦労の末に、自身の作戦を立案させてもらった。君もいつかそうなれるように期待している」
「はい。わかりました!」
僕のやる気のエンジンに火が付く。まだ出会ってから数時間も経っていないが、彼女が今まで会ってきた他の官僚とは違う存在であることはひしひしと伝わってきた。いつか自分もそういう存在になるため、頑張らなくては。




