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人類永約  作者: X-987
第一章:理想ある時
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第1話 未来ある新人

 ——レベルC(全官僚への共有情報):官僚について——


 

「官僚」は人類永約における社会的役割の一種。永約を永続させるために、永約へ奉仕する存在である。


 官僚の多くは、幼少期から集団によるエリート教育を受けて育てられる。6歳から約20歳まで専用施設にて高度教育や一般的実務へ備えた研修に努め、その後各自適性な場所に配属される。また、極少数の例外ではあるものの、もともと官僚でない者が認定式を受けることで後発的に官僚へと転身する場合がある。


「官僚」とひとくくりでいわれるものの、実際のところ請け負っている業務の種類は実に多様である。旧世界の意味通りに中枢で法令を策定し永約のシステム自体を作り上げる者もいるが、現場で保護を担当する者もいれば、科学者として文明を加速させる者もいるし、非官僚相手に接客をする者や工場労働を行う者もいる。つまり、より広義な永約のシステム保護に従事する者すべてを含めた総称である。


 献身的な彼らは、その必要性から彼ら自身の権利を非官僚のものよりも制限されている。また、旧来その不平等さを生み続けてきた金銭や資本システムが撤廃された永約において、彼らに与えられる物質的な報酬はない。それでも彼らは自らの意思の下で、ただ命令に従い行動することを是とし、その行動によって自らの実存を確認できる。官僚は今や目指すべき栄光ある役割であると認識されており、担い手は増え続けている。


 それでも、人類全体の人口増加や多様化する任務によって人手不足が深刻化していた。そこで、『プロキシ』と呼称されるAI機能を備えた機械が急速に配備されている。人間を肩代わりないし代理する彼らは人間をサポートし、補助する存在として運用されている。




 官僚よ。永約の下に集う従者たちよ。その寄与によって永約を持続させよ。




 ——IS-3401(オルフェオ):人類暦88年 記録——



 早朝6時。携帯機のアラームによってIS-3401……コードネーム『オルフェオ』の僕は健康的な眠りから覚めた。十分に睡眠がとれた僕の体にけだるさはない。すでに外は朝を知らせるよう照らされている。僕はすぐに起き上がって、自動配膳された健康第一に作られた専用の朝食を食べながら、テレビに流れるニュースを聞いていた。朝食は今日も一日満足に動けられるように想定されたブロック状の健康食。非常に美味なそれは僕の気持ちを活気づけるのに十分だった。ニュースの内容はいつもとそう大差なく、「今日も平和な予定である」と要約するのでいいだろう。


 朝食摂取完了。ジャスト7分。洗浄室で自己洗浄を終えた僕は新しい制服に身を包む。規律ある清潔な黒シャツにスラっとした動きやすい黒ズボン、黒色ジャケットの胸元には「IS-3401」と『新たな自分の名前』が刻印されている。昨日までは、教育生を示す「ED-〇〇〇〇」という名前だったが、今日からこの名前が僕の正式名称になった。「オルフェオ」はあくまでこの都市内のみで通じるコードネームで、国際的な場ではアルファベットと数字の羅列の名前を使うことが義務付けられている。


 支給された鞄には任務に必要な物品がすでに入っている。主なのはペンとタブレットに専用の拳銃。鞄の外には新しい「葉緑体システム」のストラップがぶら下げられている。自分の身を管理できる官僚として、自らの負債《CO2》を清浄化《O2化》する画期的な装置は、官僚としての意識と責任をより強固にさせている。


 僕はおそらく、これから働くどの官僚・新人たちよりも未来に期待しているだろう。実務前の長い教育・研修期間を終えて、今日から一人の官僚として働くことになったという喜びもあるが、僕の所属する場所が永約の中でも重要機関かつ名高い機関でもある保安省になったからだ。


 保安省は共同体の永約、そして人類をありとあらゆる脅威から守護する役割を担っており、その活躍ぶりは教育生のときからずっと聞いている。永約に忠誠心あると思っている僕は、この配属のためにこれまで必死に努力を積み重ねており、それが無事実ったことを幸運に思っていた。鏡で見た己の姿は新人らしくまだ小さくどこか幼さを感じる。しかし、それ以上に未来は膨張しており、その姿を想像して空を飛びそうであった。


 僕は男性で、かつて日本人と呼ばれていた民族の血を多く引いている。このトーキョー都市圏全体の人類の中で最も多い人種だがそれは今日(こんにち)の永約にとってどうでもいい話だ。黒い短髪で少し身長が平均より低めの僕だが、教育課程時の成績は一際優秀で、健康状態は問題なく運動神経も抜群だった。それゆえ、新人にして栄誉ある保安省所属になったのかもしれない。


 己の姿にみとれているうちに、アラームが僕に出勤を命令した。僕は我に返って、急いで荷物を抱えて部屋を飛び出した。




 僕を含む官僚の多くは、地上とは別の地下都市に住んで働いている。旧世界の技術では実現できなかった大きな地下空洞の中に地下都市が存在しており、地上とそう変わらない都市設計をしているとのことだ。地上は人類文明の都市だが、地下は官僚が住む持続させるための都市である。この地下都市には、永約実現と効率化のためにあらゆる技術の結晶が各地にちりばめられている。天井の灯りは朝から地下全体を余すことなく照らしており、壁にある強固な基盤は地震や洪水などのさまざまな脅威を想定した装置になっており、地下深くのエネルギーによって地下都市が支えられている。空気循環は正常に行われており、不要な騒音も聞こえない。そして網目状に張り巡らされた通路は各省庁に繋がっている。それぞれの住居から資源省や法務省などに……。その中でも機密事項が多く重要な権限をもつ保安省は奥の方に大規模なものとして臨在している。


 僕の部屋は残念ながら保安省からかなり離れており、たどり着くには車が必要だった。僕はすでにマンション入り口前で待機していた空席の車に乗り込んだ。官僚がよく乗る専用の運送車両、旧来ではタクシーとかバスとか言われたものだろうか。自動運転が主流である車は、乗車した瞬間に僕がどのような人物かを検知し、すぐさま保安省へと導いていった。


 官製の豊かな音楽は僕を快活へと誘っていく。外の景色は何度も進化しており、まるで機械の一部かのように規律を保って動いている。全体で管理された交通網は渋滞を起こすことなく、車はスムーズに目的地へ向かっていく。


 やがて車両は保安省の前で止まった。僕が車から下りると、車はすぐにどこかに行ってしまった。




 保安省。白い建物で余計な装飾がない。横長の建物で、地下に階層が展開する不思議な場所でもある。地上へは細長い筒がそびえたっており、内部のエレベーターを通じて地上近くの通路へ通じている。入り口前には警備員のプロキシがいた。白い人型のプロキシは穏やかな声で僕に語りかける。

「チップをご提示ください」


 僕は右手を機械に差し出した。右手にはチップが埋められており、本人照合もできる優れものだ。プロキシは笑顔をもって通過の許可を出した。


 伝達された情報によると、僕の居場所は建物内でもかなり奥まったところらしい。保安省公安局第一特殊部隊……。僕の所属場所だ。正式名称はそこまで聞きなじみがない。任務もかなり曖昧な情報しかなく、正直何をする部署なのか見当もつかない。もしかして、かなり特殊な仕事なのかと勘繰ってしまう。


 多くの官僚に混じってエレベーターでさらに地下へと下る。最下層である地下四階に降りると、そこではすでに多くの官僚がモニターを見ながら作業をしていた。巨大なスクリーンには地上トーキョーの情報がリアルタイムで映し出されている。内部AIによって映像を分析し、不審なものを割り出しているようだ。ここにいる官僚たちは、モニターによる監視と秩序維持、犯罪の捜査を行うエキスパートだ。彼らのおかげで地上での犯罪数は有史以来最低基準を保たれている。永約を保守するために重要な機関であることがこの光景からもわかる。


 しかし、僕の所属場所はどうやらここではないらしい。保安省といえばこのモニタールームが有名なのだが、僕の目的場所はもっとさらに奥の部屋のようだった。その部屋に行って、これから上司になる『ヴェリタス』と顔合わせが最初の任務とのことらしい。多くの官僚が歩いていた場所から一変し、暗く無機質な廊下に入った。公安局は永約内の不穏分子の調査を行うところだ。さっきのモニタールームのある部署……保衛庁がトーキョー内の秩序維持を担うのにたいして、公安は永約全体を陥れかねない人や団体を監視・逮捕などをする組織である。


 「特殊部隊」が一体どのような業務を具体的にしているかの情報は広まっていない。公安の中でも秘匿中の秘匿事情なのかもしれない。


 

 そして、「第一特殊部隊」と示された部屋の前についた。中に入るにはチップを提示する必要がある。やはりここは重要なのかもしれない。難なく認証を済ませて部屋に入ると、二人が話し合っている様子が見えた。前情報から、このうちの一人が『ヴェリタス』だろう。入る前に声かけしたはずだったが、二人は会議に集中しているようで僕に気づいていなかった。緊張しつつも声を少し張り上げて言った。


「失礼します。本日より保安省第一特殊部隊に所属しましたIS-3401、コードネーム:オルフェオです。どうかよろしくお願いいたします」


 その声でやっと気付いたのか、二人は僕に視線を向けた。奥に座っている女性が空席のところを僕の席だと指で示し、そこに鞄を置いた。彼女は二人会議をいったん中断し、僕に歩み寄る。僕よりも背が高い白髪の女性。彼女の冷たい目線は僕を突き刺すようだった。


「よろしく、オルフェオ。私がここの部隊長であるヴェリタスだ」

 彼女は表情をそのままに手を差し出した。僕はそれに応えて握手を交わす。


「世間話でもしたいが、ここはいつも忙しい。ここの仕事内容は把握しているな?」

 再び彼女の青く鋭い目が彼を見つめる。


「……申し訳ございません。情報共有されておりませんでしたので存じません」

 それを聞いた彼女は少し驚いたような表情をした。

「……もしかして送り忘れたのか」

 そう言って彼女はパソコンで確認する。無音のタイピングが鳴り響いて数秒経った後、彼女は申し訳なさそうに言った。


「ああ、すまなかった。私がすっかり送り忘れていた」

「珍しいわね。あなたがそういうミスをするなんて」

 もう一人の女性が話に交わってきた。ヴェリタスとは雰囲気の違う人は、かなり目を丸くしていた。


「ここのところ色々と仕事が立て込んでいたから、忘れていた」

「自分だけで抱え込むのは悪いところよ。私たちにも相談すること。人員もやっと増えたんだし、ちゃんと頼るんだよ」

 彼女がそうつっこむと、僕に向かって改まっていう。


「大丈夫、ヴェリタスは優秀な人よ。決して無能で怖い人じゃないわ。……私はオアシス。よろしく新人君」

「はじめまして。本日からよろしくお願いいたします」

 オアシスとも握手を交わした。手を握り力が少し強いような。僕たちは席に座って、ヴェリタスが仕切りなおして説明を始める。


「では。この第一特殊部隊の任務は、永約に反逆する不穏分子を実際に取り締まること。要するにここは実力部隊の1つだ」

 ヴェリタスの溌剌とした声が通る。


「そうなんですね!——でも、そんなに重要な任務があるならもっと有名になってもいいような...私は聞いたことがありませんでしたよ」

「まあ、表で積極的に活動するよりも裏でひっそりと行う場合が多いからな」

「それに、君も知っているだろうけど永約に反逆する人なんてそう頻繁にいないから、普段は何でも屋として保安省の雑務を押し付けられることがほとんどですよ。不穏分子のまとめに他省庁との繋ぎ。省長の付き添いにと、どれも重要なことではあるので特に文句はありませんが...」

 そう言いながら、オアシスはすこし不満げそうだった。


「まあ、飽きることはないですし優秀な人ばかりですから、決して悪いところではないですよ」

「そうですか。それはよかったです」

 ヴェリタスはパソコンで何かを確認しているようだった。


「このデータによると、君は身体能力・知的能力共に優秀な方だったらしいな。ならついてこられるはずだ。ところで拳銃は手元にあるか?」

 僕は鞄の中身を確認する。きちんと入ったままだった。


「はい。ここにあります」

「では、いつもそれを携帯しておくように。永約の中でも数少ない武力部隊だ。決して手放してはならない」

「心得ました」

 僕は鞄から取り出して腰に携えた。身体の邪魔にならないほど銃はとても軽かった。


「それで、本日の任務はなんでしょうか?先ほど話しておられたことから、どうやらかなり重要とのことかと思われるのですが」

 ヴェリタスは真剣な眼差しに戻った。


「そうだな、重要な役目がある。まず、資料を共有しよう」

 そう言ったヴェリタスは、机にはめ込まれたパネルからとある報告書(ドキュメント)を映し出した。それは進歩省が制作した、赤い文字で「最重要機密」と書かれたものだった。表紙には「暴動の可能性」と書かれている。


「進歩省のバタフライシステムはもちろん知っているな?」

「ええ。もちろん」

「ああ。そこが、3日後に地上で反政府組織主導による暴動が起きると結論をだしたようだ」

 あまりにも唐突な情報に僕は驚いた。まだ反逆する勢力が本当にいたなんて思いもしなかったのだ。


「なんですって!すぐに止めないと!」

「いや、事前に止めることはできない。それが評議会の意向だからな」

 事前に止めないなんて...何を考えているのだろうか。


「では、どうするのですか?」

「簡単な話だ。暴動する日時と場所はすでに判明している。その地点周辺を固めて一網打尽にするだけだ。そのためにも、数時間後に我々が地上に出て準備を行う予定だ」

「周辺を固めるといっても、わざと暴動を起こさせてから鎮圧する方法なので、別場所に私たちの基地を置くのが主な準備なんですけどね」

「なんとも回りくどい作戦ですね」

「それが評議会の下した判断だそうだ。我々は従うほかない」

 評議会は、各省長や上級幹部によって組織されている。この組織が決断したことを覆すことはできない。評議会がそう判断したのなら...僕たちはその通りに遂行するだけだ。


「詳細な作戦はすでに私が立案し、承認された。必要な物資は資源省がすでに目的の場所に配送したとのことだ。今日初めて来てもらったばっかりで悪いが、君の手も早速借りることになる」

「承知しました!私も力になります」

 僕は立ち上がり、背筋を伸ばして胸に手を当て上を見上げるような姿勢をとって敬礼を示した。


「ありがとう。では、出立は午後からだ。それまでは、先に保安省の他の場所に顔を出しておきなさい。確か今日は省長がこの建物にいたはずだ。若い新人が来たと知れば喜ぶだろうね」

「承知しました!では行ってまいります!」

 僕はそういって、高らかな気分で部屋を出て行った。第一特殊部隊としての明るい毎日が始まるはずだと。

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