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人類永約  作者: X-987
第一章:理想ある時
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序章  陰惨、そして北極星

 ——レベルD(全人類への共有情報):永約(えいやく)成立過程概略——


 

 西暦1900年代後半。人類は大戦争を起こし、その戦火から逃れられた地域はなかった。戦争のきっかけは今でもはっきりしていない。現在判明していることは、超大国同士が核兵器を使った後に、周辺国家に戦火が拡大したというものだ。


 大戦争は古代から絶えず続いてきた人類のあらゆる戦争と比べて、一瞬にして終結し、そしてより多くの禍根を残した。多くの都市や地域に向けて核兵器が発射され、幾千万の命を容易く奪った。鎮静化を主張する国際的な平和組織は暴力の連鎖を前になすすべもなく沈黙し、人々の怒りを乗せた報復行為は地球を塗りつぶすかのように何度も行われ、苛烈さを増していった。倫理的、あるいは法秩序によって禁止されていたはずの化学兵器や生物兵器も投入されたとされる。ここにおいて、これまで築き上げてきた近代世界は完全に崩落した。


 最終的にこの戦争は、戦争指導者たる国家という統治機構そのものの死滅という結果で静まった。人類を破滅へ追いやった悪の指導者はいなくなったが、平和は一向に訪れなかった。


 世界中を襲ったのは無秩序な混乱だった。食料の欠如、市民生活の崩壊、安全神話の崩壊、そして近代社会の崩壊。生き残った人々はそれぞれ無数の理想を夢見て、あるいは現実を見下ろしながら必死にもがいた。汚染された世界で新たに誕生した集団は、もはや国家と呼べない寄合でしかなかった。後に国家機能を模した存在が現れたが、近代的とはとても呼べないようなものばかりだった。


 乱立した無数の集団は疑心暗鬼になり、内部統制を進めて人々を弾圧したり、人道の欠片もないような連中が暴力的な統治体制を敷いたりと酷いものだらけだった。さらに、部外者の立ち入りを禁じたり、他勢力へ積極的に抗争を仕掛けに行ったりと、それぞれ孤立化・閉鎖化し分断がより進んだとされる。


 このような時代が何十年、いや百年以上続いたとされている。正確な時計は失われ、西暦は腐り果てた。民族の概念も宗教の理念も、それらを解釈しまとめあげる人がいなくなった。


 大戦争からの死者は今もなお全貌が明らかにされていない。少なくとも、地球での全盛期の六割から八割が犠牲になったとされている。


 

 そうして時代は、生まれながらにして戦火の中にいた人々が主役になるまで進行した。彼らは平和を望み、日常的に続いた争いを集結させることを志向するようになっていく。自らの集団を公平に整理し、資源を不自由なく分配・管理し、壊れて埃をかぶった通信機に手をかけた。こうして心を同じとした同志、いや人類が世界中で繋がるようになった。かつて先祖が自分たちを閉じ込めていた門を開き、外界との武力を伴わない交流が起きるようになった。中には武力の制限や廃止を訴え、実施する勢力もあった。


 外界との平和的交流が深まるにつれて、地域統合運動が再燃した。それもナショナリズムや階級による団結ではなく、人類そのものを母体とした世界的な連帯運動だ。こうして誕生したのが「人類永約《じんるいえいやく》」の前身にあたる「地球連邦」だった。


 連帯の全体を指導する者もいない、中心たる場所もない、地域集合の評議会のような存在。彼らが精神的よりどころにしたのは民族主義でも強固なイデオロギーでもなく、とても単純な「基本的理念」だった。「自由・公平・平和」という誰にでも受け入れられ、誰もが抱くことのできる包括的で、されど人類が抱える切実な願いだった。


 連邦に加盟する地域は、その統治下おいて慈悲ある行動を実践した。人々のどのような悪行も水に流し、誰でもその恩恵に授かれた。また、各都市間でのネットワークを通じた物資交流が進み、貧困に喘いでいた人々を救い出し、人類は再び数を増やしていった。かつては明日を生きるための食糧さえ厳しく、いつ銃弾が飛んでくるかもわからない危機的状態だった地域であっても、人間が本来持ちうるはずの生活を取り戻していった。連邦への支持者は常に右肩上がりに増え続け、領域も拡大するばかりだった。


 一部地域においては、なおも連邦に反対し未だに暴力的支配を行う集団も存在した。しかし、連邦は潤沢な資源を使い説得やとりこみ、あるいは指導者を狙った限定的な武力作戦や強制的な平和維持活動を行うようになった。この闘争は何年も続いたが、結果的に地球上はすべて連邦の支配するところとなった。


 旧時代との決別を宣言するために、正式な地球統一の年を「人類暦0年」と定義し、以降時計は狂いなく動いている。人類は有史以来続いてきた争いごとから解放され、平穏で豊かな生活を送れるようになった。子どもたちは飢えることも暴力に苦しむこともなく、満足に教育を受けられて未来へ羽ばたけるようになった。もう食糧が不足することも、災害によって住処を離れることも、暴力によって命の危険に怯えることもない。まさに、永約は果たされた。




 統一後の歴史は、特筆して語るところも少ないほど平穏が保たれた時代になった。連邦が採択した各種政策によって有史以来解決したことがなかった差別や脅威を撤廃し、個人の権利や尊厳を保護するようになった。戦乱の中で停滞していた科学技術はこれまで以上のスピードで加速し、人類の文明を支えている。


 そして「人類永約」は地球連邦に従属する法ではなく、連邦(国家機能)をも超越した人類統合の統一理念とされた。今日、この世界のことを「永約《えいやく》」と呼ぶようになったのは、それこそが人類の持つべき"永遠なる盟約"だからだ。


 この体制は人類史における究極の完成形であること間違いない。ここに、歴史という過去はおわり、人類は繁栄と安息の日々を手に入れた。

 

 永約のシステムは今日も、そして未来永劫狂いなく正常に作動する。




 人類に栄光あれ。永約に幸あらんことを。



 ——レベルD:人類永約 三原則——


 

 自由:すべての人類はナニモノにも支配されず、ナニモノも支配せず、その精神を自らの拠り所とせよ。


 公平:すべての人類は人類を見下さず見下されず、その精神を自らの拠り所とせよ。


 平和:すべての人類は理念を共有し、これを最大限に遂行せよ。

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