第2章 集まった三童子と現れた二人
知才が、石本からの使いに連れられて屋敷についたときには、日はもうとっぷりと暮れていた。奥座敷に通され障子を開けたとたん、知才は目を見張った。目の前に、同じく旅支度をした二人の童子が座っていた。一人はやせていて、あごと耳がとがっていた。もう一人は、顔は幼いが屈強そうな大男だった。二人の童子も知才を見て戸惑いの表情を見せた。おそらくこの二人も何も知らされずに連れてこられたな、と知才は察した。
二人の童子の前には、石本が口元を結んで座っていた。頬の中で歯を噛みしめているような硬い表情だった。知才は、その場に流れるただならぬ緊張感を一瞬のうちに感じ取った。石本から少し離れて、障子の横には、すらりとしたいで立ちの若武者が控えていた。こちらも伏し目がちで、思いつめた表情をしていた。
石本は、知才の方に張り詰めた目を向けると、白髪交じりの頭を丁寧に下げ、二人の童子の横に座るよう、こちらへと手を伸ばした。
「これで、皆様おそろいになりました」
石本が固く結んでいた口をようやく開いた。
「童子の皆様には、ご無理を言ってご足労いただき、誠にありがとうございます。さて、この度、皆様においでいただいたのは、切にお願いしたいことがあるからでございます。この願いを成就させるには、ここにいらっしゃる三人の童子の皆様のお力が必要と考え、お呼び立ていたしました。今回お願いしたきことは非常に難しく、戦と同じように、知恵と力と諜報が必要と考えられます。そこで、それぞれの力を分担していただける方を三山の長にも内密で情報を集め、この三人の皆様をお選び申し上げました。突然のお声掛けになったことをどうかご容赦ください」
石本は深く頭を下げると、硬い表情のまま顔を上げて、三人の童子の顔を見渡した。
「お願いにつきましては、この後ご説明いたしますが、童子の皆様は、互いに顔見知りでございましょうか」
知才は、いえ、と小さく答え、他の二人の童子も首を振った。
「そうでございましたか。失礼いたしました。では、私から、ご紹介いたします。まず、こちらが東生寺の知才童子様です」
知才は、体を二人の童子の方に向けて、よろしくお願いいたしますと深く頭を下げた。二人の童子は少し驚いた顔をしてから軽く頭を下げた。
「そして、こちらが北道院の聞耳童子様です」
今度は知才が驚く番であった。知才の隣に座っているのは、十里も先のささやき声さえも聞き取るという噂の童子だった。北道院は、聞耳童子の存在を隠していたが、三山の高僧はそれとなく知っているらしく、知才は安天僧正からそのような異能の童子がいることを依然聞いたことがあった。その異能の童子が目の前にいるのだ。知才はあわてて頭を下げた。
「そして、最後に、こちらが西華大社の怪力童子様です」
知才はなるほどとうなずいた。横山左門の軍勢を一人で三十人もなぎ倒したというあの童子か。道理で屈強で大きな体をしている。知才は身を乗り出して、怪力童子に向かって頭を下げた。
「三山から選りすぐりの童子様においでいただきました。皆様どうぞよろしくお願いいたします」
最後に石本が三人に向かってまた深々と頭を下げた。隠居の身とはいえ、美馬元信の一の重臣であった石本にこのように丁重に頭を下げられると、三人の童子も恐れ入って深く頭を下げた。
「さて、今日、皆様においでいただきましたのは、切にお願いしたいことがあるからでございます。この話は、決して、表ざたにはできぬこと。極秘中の極秘。もし、これからお話しするお願いを聞いていただけないならば、ここであったことは、すべて忘れていただかなければなりません。私も今回のことには、命を懸ける所存。どうかご理解を」
石本は、一言一句に力を入れながら、最後は一層力強く言い切った。命を懸けるという言葉が飛び出し、童子たち身を硬くした。石本は、童子たちをゆっくりと見回して、また深く頭を下げた。童子たちは、石本のただならぬ様子に気圧されて言葉が出なかった。
石本は頭を上げて童子たちの顔色を伺うと、
「ご理解、いただけましたでしょうか」
と、念を押した。
知才はすぐに、「承知いたしました」と頭を下げた。道はそれしかないことは、明らかだった。知才の声を聞いて、聞耳童子も怪力童子もあわてて、「分かりました」と頭を下げた。
三人の童子の返事を聞いて、石本は、障子の近くに座っている若武者に声をかけた。
「一之介、お二人をお連れしなさい」
「はっ」
若武者は短く返事をして、すぐに障子をあけて出て行った。石本は席を離れて、三人の童子の前を空けて、座布団を二つ敷いて自分は奥の脇へとそれた。身分の高い方が来ることは、すぐに見て取れた。知才は、まさか美馬、と心の中でつぶやいた。
しばし、沈黙が流れた。
廊下からかすかな足音が近づいてきた。複数の足音が次第に大きくなって、障子の前で止まった。
「奥方様と姫様をお連れいたしました」
一之介の声が障子越しに響いた。石本と三人の童子は一斉に障子の方へ目をやった。一之介が片膝をついて障子を開けると、そこには、小袖に鮮やかな朱と金の打掛を羽織った女性が立っていた。そのきらびやかな姿に目を奪われたが、ひどく思いつめたような表情をしていた。奥方様の後ろに続いて入ってきた姫の姿を見て、三人の童子は目を見張った。
そこには、甲冑こそ付けていないが、りりしい女武者が立っていた。明るい茶色の髪を一本に束ね、腰には二本差し。大きな目を見開き、口元はきりりと結んでいた。
この方が姫?。三人の童子は、思わず口を半開きにした。茶色みがかった髪の女性は見たことがあったが、ここまで鮮やかな茶色髪の女性を見るのは初めてであった。
二人は無言のまま、童子たちの前に座った。
石本は、二人に向かって頭を下げると、童子たちの方に向き直り、口を開いた。
「こちらにいらっしゃるお方は、美馬元信様の奥方のききょう様と、三女のさくら姫様です」
その名を聞いて、聞耳童子と怪力童子は体を硬くして礼をした。知才は、礼をしながら、頭を働かせ始めていた。
「奥方様、姫様。三人の童子の皆様には、他言無用でご協力いただくことをお約束いただきました」
石本の言葉を聞いて、奥方と姫は、
「ありがとうございます」
と、頭を下げた。
「では、私から三人の童子の方をご紹介いたします。そちら側から知才童子様、聞耳童子様、怪力童子様です。それぞれの童子様については、先日お話しした通りでございます。いずれも三山が誇る童子様です」
奥方と姫は、石本の話を聞きながら、硬い表情のまま、童子一人一人に丁寧にお辞儀をした。
「さて、今日、童子の皆様にお願いしたいことは、こちらのさくら姫様のことでございます。詳細は後程お話ししますが、端的に言うと、ここにいらっしゃるさくら姫様を美馬様には内緒で、しかも他の誰にも見つからぬように、黒神領の中平台という地に送り届けていただきたいということです」
「えっ」
思わず聞耳童子の口から言葉がもれた。怪力童子はぽかんと口を開け、知才は歯をかみしめてうつむいた。
「驚かれるのも無理はない。黒神というと、南の果てにある大きな島国。そこに行きつくには、本橋、島名、宮野辺、倉林の四つの国の領地を通って、更に海を渡らなければなりません。しかも、本橋以外は、すべて美馬様の敵。そこで美馬の姫がとらえられては一大事。同時に美馬様にも姫の居所が分からないようにしてほしいという本当に難しいお願いです」
石本は、ここで一呼吸置いた。知才は、すぐに尋ねたいことが山ほど頭に浮かんだが、まずは聞くことが大事と黙っていた。他の二人の童子は、まだ呆然とした表情をしていた。
「誰にも見つからないようにするためには、街道は通れません。そこで考えたのが、三山が修行に使う山道、修行山道を通ることです。聞くところによると、修行山道は、本橋領地の春来山から入り、南へと山々を伝っていけば、島名、宮野辺を通り、倉林の領地に出ることができるということですが……、知才童子様、間違いありませぬか」
石本が知才に語りかけたので、知才は、機を得たと考え、
「それは間違いありません。ただ、黒神に行くには、海を渡らなければなりません。更に、黒神に入れば修験山道はありません。どの道を通って中平台までいくか、当てはあるのでございましょうか」
と、聞き返した。
「それはご心配なく。ここにいる後藤一之介が皆様に同行し、倉林から黒神に渡る船の手配と黒神領での道の先導をいたします。一之介は、腕が立つし、頭も回ります。また、薬に関する知識が深く、戦場で何人もの命を救っています。つい五年ほど前に召し抱えたものですが、めきめきと頭角を現し、今はいろいろなことを任せております。今回の役目も事前に手早く動いてくれています」
石本が一之介の方を見てうなずくと、一之介が頭を下げ、
「後藤一之介と申します。今回は皆様に同行させていただきます。皆様と力を合わせ、必ずやさくら姫様を黒神の地にお連れできるよう力を尽くします。修行山道より後はご心配なく。地元の漁師に手をまわして、我々を黒神に送ってくださる船の手はずも整っております。皆様どうぞよろしく願い申し上げます」
と、さらりと挨拶を述べた。
三人の童子も一之介に向かって頭を下げた。
ただ、知才は、一之介の話に耳を疑った。一之介は、確かに、利発そうで隙のない顔をしている。しかし、地元の漁師に手をまわして倉林から黒神までの船の手はずを整えたという言葉は、知才にとって信じがたいものであった。しかし、それよりも先にどうしても聞かなければならないことがあった。
「分かりました。ただ、教えていただかなければならないことが二つあります」
知才は、切り出した。
石本は、知才の真剣なまなざしを見て、
「どうぞ、なんなりと」
と、短く答えた。
「まず一つ目は、美馬様にも他の諸国にも知られずに、姫様を遠く黒神の中平台まで送り届けるというのは至難のこと。私たちも命を懸けることになるでしょう。そこで、もし失敗したとき、その責任は私たちが問われるのか。三山に迷惑がかからないのか。逆に成功したとき、私たちはどうなるのか、ということです」
知才は、きっぱりと言い切った。
石本は深くうなずいた。
「当然、そのことははっきりお伝えしておく必要があるでしょう。まず、三人の童子の皆様が責任を問われることは一切ありません。もちろん、三山にも迷惑はおかけしません。失敗したら、それはこちらの責任。皆様を責めること、恨むことはありません。奥方様、姫様、それで、よろしいですね」
石本が二人の方に顔を向けると、「もちろんです」とさくら姫が即答し、奥方も深くうなずいた。その様子を見て、石本は更に続けた。
「そして、もし皆様が無事にさくら姫様を黒神にお連れし、都に戻ってこられたときには、三山には、この石本が今までの倍の寄付をいたしましょう。また、皆様お一人お一人にも、私のできる限りにおいてご希望するお礼を差し上げる所存でございます」
石本の話を聞いて、知才はうなずき、聞耳は目を見張り、怪力は唾を飲んだ。
「分かりました。ありがたいことですが、もう一つ」
知才は、また切り出した。
「一番大事なことをお聞かせ願いたい。なぜ、ということです。今までの話をお聞きしていても、そのことにはまったく触れられておりません。ただ、お願いだけです。送り届ける理由が分かっていなければ、命など懸けられません」
知才は、そう言い切ると、石本の顔をじっと見すえた。他の二人の童子も石本に無言のまま視線を向けた。
石本はその様子を見て、困った顔をして奥方とさくら姫の方を見た。
「じい、話してください」
さくら姫が静かだが凛とした口調で言った。
姫の言葉を聞いて、石本は、奥方に視線を移した。
「奥方様、よろしいでしょうか」
「確かに、知才童子様の言う通りですね。お願いいたします」
奥方は思いつめた表情のまま頭を下げた。
石本は、深くうなずいて一呼吸置くと、
「では、私の方からお話申し上げます。それは、今年三月のことでした」
と、話を始めた。




