戦乱の世、知才・聞耳・怪力の三童子が、都を支配する美馬家のさくら姫を幼馴染で恋焦がれる立花広明(敵の黒神家家臣)へ送り届ける。盗賊や狼に襲撃を受け、幽玄道(奇怪な事象が起こる洞窟)を通り旅は続く。
一 朝明山 東生寺 知才童子
都に三山あり。
三山に寺社あり。
東に、朝明山、東生寺。
西に、安台山、西華大社。
北に、青風山、北道院。
三山、信じる神仏は違えど、長く続く戦乱の世の終わりと、人々の救いを祈っていた。
知才童子は、東生寺に向かって足早に山道を下っていた。東生寺は、朝明山の中腹にある寺だ。知才童子が朝明山の滝の近くで座禅を組んでいたところ、安天僧正からの至急の用と兄弟子が迎えに来た。
修行途中に使いが来るなどめったにないこと。しかもすぐに寺へ戻れとは。兄弟子に、わけを聞いても、何も分からぬと答えるばかり。ただ、二人は足を急がせるしかなかった。知才童子は体が小さく、足も遅い。長身の兄弟子について行くのに息が切れた。そんな知才童子の様子を見て、兄弟子は時折歩を緩めた。しかし、止まるわけにはいかなかった。二人が息を切らしながら、東生寺の大門をくぐると、すぐに知才童子だけが本堂横東棟の一室に通された。この奥に、安天僧正の部屋がある。
しばらく座って、呼吸を整えていると、奥から声がかかった。
知才童子は、
「はい、ただいま」
と、返事をして、安天僧正の部屋のふすまの前に膝まずき、両手で丁寧にふすまを開けた。
「こちらへお入り」
安天僧正の落ち着いた声が静かに響いた。
知才童子は、部屋の中に膝を送ると、後ろを向いてまた丁寧にふすまを閉めた。
「知才、急に呼び立ててすまぬ。修行の途中と分かっていたのだが」
「いえ、至急ということでしたので」
「うむ。実はお前に頼みたいことがあってな。もう少し近くへ」
安天僧正に促され、知才童子は膝を送った。
「おまえを呼んだのは、石本政長様からの使いが来たからじゃ」
「石本様からの使いということは、また、あの美馬様から何か」
知才童子の言葉に、安天僧正はわずかに口元をくずした。
知才童子は、しまったとちらりと顔をしかめた。安天僧正は、知才童子の表情を見て、口元を一度引き締めてから、また話を続けた。
「確かに、石本様は、今、都を治める美馬元信の元筆頭家老。ただ、今は隠居の身。昨冬に体を壊されてしばらく床につき、春には少し回復されたそうだが、第一線から退く覚悟をして美馬様に願い出たそうだ。今回は、石本様から直々の使いということだ。わしと石本様は旧知の仲。美馬様がまだ下級武士として、村上定久様に使えていたころからのつきあいじゃ。また、美馬様が都に攻め上るときには、三山の安泰を願って、美馬様に三山を攻めぬよう説得してくださったのも石本様だ。大きな恩がある。美馬様からの使いなら体よく断るが、美馬様も知らぬ極秘の使いという話であったのでお受けしようと思ったのだ」
知才童子は、まぶたを半分閉じて頭を働かせた。
「極秘というのがかえって……。そのような使いがありえましょうか。なんらかの策略では」
「うむ。そう思いたくなるのも無理はない。前に一度、石本様からの使いが来て、知才が美馬屋敷に連れていかれたことがあったからなあ。ただ、隠居の身の石本様がそのようなことをするとは」
安天僧正は、そこで言葉を切って、知才童子の様子を伺った。
「ということは、石本様の私的な用ということですか。隠居の石本様が極秘で使いを送るという用とは」
知才童子は、小首をかしげた。
「おまえの考えていることはよく分かる。ただ、石本様からの直々の書状となると信じる以外あるまい」
安天僧正の言葉に、知才童子は、「はい」と小さくうなずいた。
その返事を聞いて、安天僧正は言葉を続けた。
「今日、日が落ちてから、旅支度を整えて、石本様の館に来てほしいということだ。使いの者をこの寺によこすそうじゃ。わけは何も書いていない」
安天僧正は、知才童子に石本からの書状を差し出した。知才童子は頭を下げて書状を受け取り、目を走らせた。確かに、安天僧正が言ったとおりの内容が端的に書かれていた。最後の「切にお願い申し上げる」の文字が目についた。
「何か、特別な用と思われますが、あまりにも……」
「うむ。確かに、普通ではない。今日の昼過ぎに使いが来て、夕方に迎えに来るとは。しかも、旅支度を整えておけというのだからな」
安天僧正は、そこで少し間を置いた。
「しかし、石本様が切羽つまっているならお助けしたい。石本様は、寺の恩人じゃ。また、毎年、多大なご寄付もいただいている。石本様の願いには、応えなければなるまい」
そこまで言うと、安天僧正は、呼吸を整えて、再び口を開いた。
「もし、裏で美馬が絡んでいたとしても……」
安天僧正は頬をしかめて、視線を落とした。
知才童子は、僧正のその仕草で、すべてのことを察した。
群雄割拠し、互いにうばい合うこの戦乱の世では、寺とて安泰というわけではない。己を守らなければならない。
「分かりました。すぐに戻って旅支度を整えます」
「申し訳ない」
安天僧正は、次の言葉を繋げようとしたが、知才童子は、「いえ、ご心配なく」と深く礼をすると、すぐに安天僧正の部屋を後にした。
僧房に戻ると、知才は、そそくさと旅支度を始めた。旅と言っても、いったい何日ぐらいになるかは分からなかった。もっとも、あの書状から察するに、石本様も明確な見通しをもっていないのではないかと思われた。こうした場合、遠くの山修行に出かけるときのような長旅を想定して旅支度を整えるしかなかった。問題は食料だ。荷物が多くなると身動きが悪くなる。土地土地の寺や民家に泊めてもらえるような旅ならばよいが、山修行のような旅ならば山野で食べ物を確保しなければならない。野宿をするなら……。
知才は頭を働かせながら、せわしなく手を動かして一通りの支度を整えた。外を見ると、日はだいぶ傾きかけていた。しかし、日が暮れるまでにはまだ時間がありそうなので、座禅を組んで、考えを巡らせた。
前に、石本様からの使いがあったのは、昨年八月。美馬が六月に都に攻め入って横山左門よこやま(さもん)を追い出した後に、都に雨が降らず、干ばつになったときだ。川の水は干上がり、農作物は枯れ出し、飲み水にも困った。都の民が、「横山の呪いだ」「天は美馬を見放した」と口々に噂を立てていたころだ。美馬は、最初、悪く言う者を取り締まったが、取り締まれば取り締まるほど、美馬の評判は落ちた。美馬が都に入った当初は、圧政をしいた横山がいなくなって都の民は歓迎したが、美馬も同じと思うようになっていた。都の民の心が離れれば、民は次の為政者を欲し、足元が危うくなる。美馬が狙う天下統一は夢と散る。
そこで、かつて美馬の長女あおい姫の嫁ぎ先である本橋友雲の領地で起こった一揆を静めるために、知恵を貸した知才を頼って石本様から使いが来たのだった。ただ、あの時は、まっすぐ美馬屋敷に通された。
初めて美馬元信に会ったとき、ギロリとした眼光の鋭さに、知才の背中に冷たいものが走ったのを覚えている。「主殺しの美馬」、「美馬の毒酒」「神仏さえ恐れぬ不届き者」、世間で美馬のことを様々に形容していたが、実際にその目を見ると、それらの言葉もさもありなんと思えたのだった。
「知才童子」
美馬は、知才をじっと見つめながら、力強く言い放った。
「はい」
「おまえの話は、娘婿の本橋からよく聞いている。わしにも、力を貸してくれ」
早口だが、強く歯切れ良い言葉に、知才は、思わず、「はい」とうなずいてしまった。
「今、都は雨が降らず、作物は枯れ、飲み水にも困っておる。三山の僧侶たちに雨乞いの祈祷をさせているが、一向に効果がないわ」
美馬は不機嫌そうに声を釣り上げた。
「おまえなら、どうする。思うところを述べよ」
知才は、美馬の視線を外し、頭を垂れて礼をする形を取った。美馬から呼び出された時点で、相談される内容の予想は付いていた。知才なりの考えも胸の内にはあった。しかし、この美馬には、言い方を一つ間違えると、何をされるか分からない。一度じっと頭を下げて話す言葉を整理した。
「どうした、知才童子。頭が働かぬか。おまえは、十歳の時にすでに経典十巻をそらんじ、学問にも詳しいと聞いておる。おまえの知恵を借りに諸国から人が訪ねて来るというではないか。わしには知恵は貸せぬのか」
美馬は、あぐらをかいたまま腕組みをして、頭を下げている知才の顔を覗き込むように身を乗り出した。
「いえ、考えはありますが、私の考えであり、私が話したことにより、他の方に迷惑がかかるとなると話せません」
「ふん。心配するな。お前の話を聞くだけじゃ」
美馬は身を乗り出したまま、鼻で笑った。その言葉を聞いて、知才はようやく頭を上げた。知才に合わせるように、美馬も体を起こした。
「ただ、美馬様のお気に召すかどうか」
「いいから、早く話せ。もったいぶるな」
また、美馬の語気が荒くなってきたので、
「では」
と、知才は一呼吸おいて語り出した。
「確かに、都の民には水はありません。ただ、都に水がないわけではありません」
「どこにある」
さっそく美馬が食いついてきた。
「山です」
「山?」
「都の周りに三山があり、それぞれに寺社があります。朝明山に東生寺、安台山に西華大社、青風山に北道院。その三山から、殿に水不足の訴えがありましたか」
美馬はあごに左手を当てた。
「確かに、聞いておらんな」
「なぜなら、山には湧き水あり、小さな川もあります。確かに、以前ほど豊富ではありませんが、飲む水に困るほどではありません」
「なるほど」
美馬は手を当てたままあごを左右に動かした。
「湧き水はいいとして、川の水は、どこへ行った。都の川は干上がっているぞ。坊主たちがため込んでいるのか」
「違います。殿は、都に入ってまだ日が浅いので、分からないかもしれませんが、三山の川の水は都の裏側、新面の領地にも流れ込んでいるのです。そちらの水は枯れておりません」
「なにぃ」
美馬は声を荒げた。
「ですから新面は、水不足になっておりません」
「では、新面を攻めればよいのか」
「いえ、私は戦のことはよく分かりませんが、兵の準備から始めて戦に勝つまでには、何か月もかかりましょう。そんな長い間、水不足は待ってくれません」
「では、どうする」
美馬の口調が少し柔らかくなったので、知才はゆっくりと話し出した。
「三山にお願いして、それぞれの川から水路を掘り、都に流れる大瀬野川につなぐのです」
「三山にお願いするだと」
美馬は片方の頬を引きつらせて、知才をにらみつけた。
「三山は、昔からそれぞれの寺社の領地として認められています。美馬様とて勝手に入って水路を作るわけにはいきません。そんなことをしようものなら三山は抵抗します。都の三山が反発すれば、地方の系列の寺社も美馬様に反発します。それは、美馬様にとって敵を多くするだけで、今後美馬様がなさりたいことを考えれば得策ではありません」
知才は一気に話した。
美馬は、ふんと鼻から息を吐いた。
「知才童子、おまえはわしに、三山の宗教家どもに頭を下げろというのか。まるで石本のじいがするような話だ」
「そうではありません。美馬様が六月に都に入ってから二か月。三山の者たちは、おそらく美馬様の様子を伺っております。都に攻め上るときは、石本様を通じて、相互にかまうことなしと決めました。しかし、いざ都に入って落ち着いた後で、美馬様が自分たちに対してどのように出てくるのかと、出方を見ているのです。三山は別に事を荒立てたいわけではないでしょう。戦乱に巻き込まれず、自ら信じる神仏の道を究めていくのが本望です。ただ、自分たちにとって敵対するものであれば、命がけで抵抗しようと考えるでしょう。美馬様が、都の民の命を救うため、雨が降って大瀬野川の水が戻るまでの間、水路を作って水を引かせてほしい。水位が戻ったら水路はふさぐ。そして、今後も三山との関係を大切にしていきたいと」
そこまで知才が話したとたん、美馬が高笑いを始めた。天井を仰ぎ見ながら膝を叩き、大声で笑った。その光景に、知才は言葉を失い、ただまじまじと美馬を眺めるしかなかった。
ようやく美馬は笑いを抑えると、
「知才童子よ、それは安天の入れ知恵か、それとも石本のじいから頼まれたか」
と、今度は薄ら笑いを浮かべた。
「滅相もない。あくまでも私の考えです」
「だとしたら、おまえも相当なやつよのう。三山との関係を大切にすると、わしに言わせようとするとは」
「ですから、お気に召すかどうかと」
知才は、思わず畳に手をついて頭を下げた。
「もう、よい。下がれ」
美馬は力強く言い放つと、すくっと立って自ら勢いよくふすまを開けると、すたすたと廊下に出て行った。
ただ一人残された知才は、畳に手をついたまま頭を何度か横に振って、ようやく立ち上がった。
それから三日後、三山の寺にそれぞれ美馬からの使いが来た。水路が作られ、都の民は水不足をまぬがれた。




