九
夕日色の直垂姿の弥者の男が一歩前に出た。堂々とした体躯に
強固な意志を思わせる眼差し、鼻と唇に金環の飾り具を身に付けている。
「我はタヂカビトの一、ゾクノホノヌシ。主に誓いヤマトビトを討つ。」
男は両腕を掲げ、開いた掌に力をいれる。破常力独特の八百万の揺れ傍点が
起きる。強大な力の行使の前触れであった。
「突撃班、號擲用意。」
小早川の宗波が奔る。前面に展開していた玄嶽隊士達は、一斉に金砕棒の芯を
ひき抜き、手槍状にして構えた。
「撃て。」
十字朗とバルザックの背後より、魁音を帯びた輝く手槍が射出される。
號擲とは、魁音武具に士魂を通し、魁音撃を纏わせて投射する本閥戦技で
ある。強大な攻撃力を誇るが、攻撃対象までの距離が弓には遠く及ばない。
「カ エ ラ ヒ ノ チ」
弥者が叫ぶ、飛来する手槍が一瞬で地面に叩き付けられ、その質量を無くした
ように平らに潰れる。が、撃ち漏らした何本かが背後の女性弥者の肩と
脚を貫いた。
「続き支援班、撃て。」
小早川の指令と共に、突撃班の背後の支援班が、長槍を分解し、手槍状にして
構え、號擲を射出した。
ゾクノホノヌシが仲間の弥者を庇った掌に槍が突き立ち、女の胸を貫いて
門戸に磔にした。
「コホリ」
「ゾクノホ、ミコトに」
女は一度せき込み、血の塊を吹いた後、こと切れた。
「おのれ、ワリビト」
掌を貫いた槍を一瞬で地面に叩き付け紙のように平たくさせた弥者は
怒りと悲しみに燃える瞳を向ける。
「突撃班、第二射用意。」
冷徹な小早川の声が響く。支援班と入れ替わり、突撃班が金砕棒に
内蔵された手槍を引き抜く。一糸乱れぬ行動は日頃の厳しい演習を
思わせる。
「きたなし。」
若く丹精な顔立ちの弥者が楼閣に現れる。杖の弥者であった。
飛び道具を用意していないかに見せかけた玄嶽の兵装に身を引いていたが、
隠し武器とも言える手槍の投擲で仲間を失った。その瞳は怒りに燃え、
唇の端から犬歯が見えている。錫杖を構えながら身を翻して飛び降りた。
「一文字」
十字朗の鋭い気合声が奔る。魁音刀から射出された衝撃の刃は
垂直に伸びる一本の光の線となり、飛び降りた杖の弥者の身体を
空中で分断した。強烈な魁音撃の破壊力に、二つに分かれた半身は
地面に落ちながら白煙をあげ、消滅する。
汎用的な能力を誇る魁音撃、一文字は射出する際、十字朗の剣先の変化で
真横から垂直まで自由な角度を持たせることが出来る。
杖の弥者が斬殺されるのと共に隊士達を取り巻くように土中から入道蜘蛛が
現れる。死角を潰すような長方形の隊列を組み、外向きに配列された玄嶽隊士は
一斉に魁音刀を抜いた。黄金色の火花があがり、炸裂音が轟く。
「動地により目標を迫撃後、射刃で攻撃。三名一組であたれ。」
後藤大尉の冷静な宗波が全身を打った。
屈強な隊士が動地の気合声と共に刀を抱くようにして肩で蜘蛛に激突する。
魁音撃特有の衝撃と光が走り、入道蜘蛛が体表面から白煙を上げて
押され、たたらを踏んだ所を、背後の隊士が距離が短い射刃で止めを刺していく。
上半身を魁音撃で包み、体当たりして相手の後退を促す戦技を動地といい、
玄嶽では接近戦で頻繁に使用される技であった。
ゾクノホノヌシは、入道蜘蛛の奇襲にも隊列を乱さず、冷静に屠り続ける玄嶽を
見つめる。手槍が貫通し、赤い血が滴る掌を握る。
その眼前には刀を八双に構えたバルザックが立つ。横には杖の弥者、マソミノヌシ
を一刀の元に切り伏せたもう一人のビャッコの侍。
「死神め。我が弟を斬ったな。」
半ば開いた門の奥、小高い場所に毘沙羅堂と呼ばれる祈禱所の屋根瓦が見える。
その脇から巨大な青坊主が四体現れ、地響きを立てて接近する。
不知火の隊士が意識をそちらに向けた瞬間、ゾクノホノヌシは二名が視界の中で
重なる位置までゆっくりと移動した。
「カ エ ラ ヒ ノ チ」
ゾクノホノヌシの呪詛と共に頭上に凝り固まった空気のような何か傍点で
組成された巨大な脚が現れる。正確にバルザックと十字朗の真上にそれは
形成され、一瞬で落下した。
「擂嵐」
バルザックの裂帛の声が響く、高速の連続斬りで生じた六つの破壊の斬撃が
剣の軌道の元に激しく光りながら現れる。
「我の、勝ちだ。」
弥者は相討つ状況になりながらも、満足そうに眼を細める。
擂嵐の斬撃は四撃が刹那の間の後、破壊音と共に弥者の四肢を粉々にした。
残り二撃は上空に打ち上がり、十字朗とバルザックに落下しつつあった
破常力で形成された足底を吹き飛ばす。
旭光と並び攻撃力最強と言われる擂嵐は、六撃すべてを一目標に
集弾した結果である。複数の攻撃目標を同時に攻撃できる能力が真の
強みであった。
背後の玄嶽兵は入道蜘蛛相手に一歩も引かず、攻撃に耐え、撃退しつつ
ある。蜘蛛は半数まで減っている。
十字朗は頷いて眼前、門の奥から殺到する青坊主に視線を戻した。
バルザックは大きく剣を揮い、巨大な敵に躊躇なく踏み出す。
同時に独特の衝撃音が鳴り響き、毘沙羅堂の屋根を一部吹き飛ばして
輝く爆壁が撃ち出された。
「あれは…旭光」
「悪兵衛!」




