十
玄嶽の射撃の号令が宗波によって伝わる。
個々の兵装まで相手に筒抜けになる少人数で布陣し、直接打撃に見せかけ、
金砕棒に内蔵した間接攻撃を放つ。同様に第二陣である支援隊も偽装した長槍での
投擲により、こちらの武装を読んだ弥者を殲滅。
小早川の策であった。事前に悪兵衛は概要をバルザックに宗波で伝えられては
いたが、不知火の軍師達とは異質な物を感じている。
「攻撃が始まりました。」
麻生が悪兵衛の背後で報告する。連者隊は今、崖上の毘沙羅堂を見下ろす位置
で小早川の指令を待っていた。
神仏への祈禱と、海難の際の村人の避難所も兼ねるその建築は八角形の巨大な
堂であり、古の神の像が祀られているという。
魁音撃の衝撃が響く。
「あれは一文字。十字朗がやったか。」
悪兵衛が呟いた直後、毘沙羅堂の東側から、青い巨人が現れる。
「青坊主出現。少佐、指令が宗波を開いておりません。」
「よし、降下し本陣と合流する。背後より青坊主を叩く。」
眼下の崖は途中に岩棚がいくつかあり、綱を下して中継しながらの降下を
予測する。が、麻生叶からは意外な言葉が出た。
「破双落ちで一気に降下します。」
「それは?」
「少佐はお使いになれます。接地寸前で上空に向けて衝撃緩和の破双を
撃つ着地法です。」
「あれか。」
「…笠間村での戦いに、私は従軍しておりました。その際、初めて播磨少佐を
拝見いたしております。先程の失礼、お許し下さい。」
背後の連者隊は悪兵衛を見つめ頷く。麻生中尉以下、皆悪兵衛を既知であった。
「古川、橋本、先行。以下続け。」
麻生の命により崖を蹴って二名の連者隊士が飛び降りる、地面間際で爆発音と土煙
が起きる、次々と隊士は降下していく。
「播磨少佐。」
「悪兵衛でいい。」
いうなり悪兵衛は身を躍らせた。迫る地に向けて上空に飛び上がる要領で破双を
炸裂させる。一際大きな爆破音と共に土煙が巻き上がった。
片膝をついた状態からゆっくり立ち上がる。開け放たれた北の門からは怒号と
魁音撃の衝撃が流れてくる。四体の青坊主達の後ろ姿が見える。
最後の麻生が着地した。
「青坊主が戦闘に入った時、言霊で引く。前進。」
「了解しました。二名、祈禱所内を捜索。」
別動隊で弥者を叩くと言いながら、本来の作戦目的は拉致されたと言われる
村人の捜索であろう、と悪兵衛は考える。
(元々不知火には出番を作らない、もしくは自らの策の内に収まらないと
考えたか。)
奇矯に見える小早川司令のその実、精緻な思考に舌を巻く。
毘沙羅堂を見上げつつ、門の手前まで移動し、索敵の隊士の報告を待つ。
護衛の弥者がいた場合、悪兵衛が叩かねばならない。
背後の毘沙羅堂方向より、魁音撃の衝撃と連者隊士の怒号が聞こえた。
間髪を置かず小早川の宗波が奔る。
「連者隊二名の死亡を感知した。報告せよ。」
「現在本隊と合流に向け進行中、祈禱所に索敵に向かわせた二名です。」
「弥者と思われる。拙者が向かいます。」
背に負った琿青を腰に差し、悪兵衛は躊躇なく歩き出す。
低く断続的に魁音刀が唸りを上げている。麻生達が続く。屈強な精鋭である
隊士殺害の報に、その表情は青ざめている。
毘沙羅堂、東門は開け放たれ、近辺にはいくつかの血だまりと
連者隊士の装備品、肉片が散らばる。爆発によって吹き飛ばされ
四散したかのようであった。
麻生中尉は二名を門前に残し、自らと一名で悪兵衛の背後につく。
悪兵衛は周囲を一瞥した後、堂に入る。
薄暗い広大な堂内の奥、巨大な戦神の立像が祀られ、その周囲に
蝋燭が燃えている。
正面に座す者がいた。炎の陰になりその表情は見えないが、頭の左右に長大な角、
座して尚悪兵衛より一回りも大きい巨大な男だった。
「貴様は」
悪兵衛の全身に力が漲り、睨む瞳に炎が宿る。
男はゆっくりと立ち上がる。およそ七尺を超える体躯に隆々とした筋骨は
およそ人とは思えない威圧感と圧迫感を与えた。胸元から仄明るい光が
生み出され、その四肢に流星のように脈動しながら伝っている。
「烈火の侍か。久しいな。」
腹の底まで響き渡る声が巨人より発せられた。
「現在毘沙羅堂内にて弥者と遭遇。尊級、ムツノナタノミコトと思われます。」
麻生の悲痛な意思が奔った。小早川の絶句が伝わってくる。
「先程からの蚊のような波はそれか。」
複雑な文様の描かれた仮面の奥で、巨人は嗤う。
「全員待避、本隊と合流」
震える小早川の指令が伝わる。
「麻生中尉、指令通りだ。」
「悪兵衛殿は」
「背を見せられるか。いけ。」
琿青をゆっくりと抜く。鮮やかな青の火花が悪兵衛とムツノナタノミコトを
照らした。




