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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
101/210

十一


ムツノナタノミコトの拳に、堂内の角柱が吹き飛ぶ。一抱えもある堅固な

檜葉の柱を、素手で粉々にした。連者隊士を惨殺した攻撃の正体である。

両拳をやや前に突き出し、左脚を上げつつ、全身を撓ませる。

直後、拳の先に光を乗せ、触れるだけで人間を四散させるほどの攻撃を

繰り出す。その速度も大型肉食獣を思わせる常軌を逸した俊敏さであった。

悪兵衛は辛うじて避けながらも、刀を構える事さえ出来ない。

破双で距離を取り、ムツノナタに向かい変形上段をとった。

「コ ン ゴ ウ ノ カ イ ナ」

弥者の声が響く。胸元より泉のように光が沸き上がり、全身に充溢されていく。

(あの脈動、まるで、士魂が光って目に見えているようだ。)

悪兵衛は唐突に思った。

相手の筋力は人間の物ではない。でがかり、脚運び、体さばきを見てからでは

間に合わない。その初動を掴み、魁音撃を置く。傍点

ムツノナタはほんの刹那、前傾になり体重を移動したかに見えた。

悪兵衛の全身から士魂が琿青に注ぎ込まれ、破壊の衝撃塊が刃先に集中する。

「旭光」

悪兵衛の裂帛の気合とムツノナタの正拳が飛び込むのが同時であった。

爆壁と拳の接触により、全身を魁音撃の反魂が打った。悪兵衛は二歩、下がる。

打上げられた破壊の渦は堂の梁を破壊し、屋根板を吹き飛ばして円形の穴を

開け、日光が降り注ぐ。その下に片腕から白煙を噴き上げるムツノナタが

立っていた。

長大な両角に金の飾り、仮面の下の瞳が燃えるように輝き、全身に光を纏って

いる。まさに闘神の出で立ちであった。素手でのみ攻撃してきた弥者の背には、

悪兵衛の身長よりも大きな鉈が揺れている。

腕を一振りして白煙を払い、掌を握りながらムツノナタは悪兵衛の目前まで

歩む。全身に受けた旭光の反魂の衝撃で悪兵衛は固まり、動く事が出来ない。

「見事見事。烈火の侍よ。」

巨人は見下ろしながら言った。

「背の大鉈は飾りか。稲でも刈るのか。」

悪兵衛は全身の硬直から抜け出そうと脂汗を流しながら言った。

巨人が全身に力を籠めた瞬間に死を覚悟する。が、体重を感じさせない程の

速度で、ムツノナタは飛び上がり旭光の明けた大穴の外に飛び出した。

屋根に着地した振動が伝わる。


門の先、青坊主が二人の白衣の侍に襲い掛かるのが見える。

子飼いのヤシャビト達の姿はない。扉に打ち付けられた槍と

橙色の単衣が見えた。

その向こう、湧き上がる黒煙のような入道蜘蛛達は確実に数を減らし、

堅固な玄嶽隊士に屠られつつある。

海風を受けながらムツノナタノミコトは斬られた同胞を思い、目を瞑った。



*



「尊級が現れただと!?」

「悪兵衛が一人で」

麻生の宗波を受けた十字朗とバルザックは顔を見合わせる。

大門からは巨大な青坊主が地響きを立ててその先を護るように立ち塞がる。

血走った眼球をせわしなく蠢かせ両脚を大地に食い込ませている。 

「遅れれば悪兵衛が危ない。」

「十字朗、右を頼む。」

短く言葉を交わした二人の頭上を、光源が飛来し、青坊主の頭部に命中、

爆砕した。続く光源も青坊主に降り注がれ、青坊主の肉体を破壊していく。

橘川兄弟による魁音の長距離射撃であった。

同時に矢を射出した兄弟は弓を下した。一真は金と黒檀に彩られた魁音長弓、

厭月、一圓は金と白絹の同型武装、跨月《こげつ》を装備している。

「全弾命中だな。」

「門に向かおう。悪兵衛が尊級と戦ってる。」

死体処理班として戦場から一定の距離を置いた二名と玄嶽隊士は、

小早川の戦況判断により偽装を脱ぎ捨て、空爆攻撃へと移行した。

長距離攻撃を嫌う弥者に察知されずに戦力を減らした後、精密な空爆で

直接攻撃班を補佐する為であった。


崩れ落ちる肉塊と化した青坊主を一瞥し、十字朗は専用の魁音刀、水鏡を

大きく振った。バルザックは魁音刀に月旦抜きを注入し、両刃から白煙を

噴き上げさせる。その視線が一点で止まった。

大門の向こう、毘沙羅堂を背にして、戦神と見紛う程の弥者が立ち塞がる。

「ムツノナタ」

「悪兵衛は…遅かったか」

苦渋の表情を浮かべる十字朗、目をつぶり俯くバルザック。だが直後二人は

顔をあげ、力強く門へ踏み出す。魁音刀は低く唸り、眼に白い焔が燃え上がる。

ムツノナタノミコトは背に負った巨大な鉈を振り上げ、高く掲げる。

全身から微弱な光が血管を流れる血潮のように鉈を握る右手に集まっていく。

「再び見《まみ》える。ビャッコの侍達。」

巨人の弥者は呟きと共に、大鉈を揮う。その攻撃は門柱を一撃で破砕した。

あまりの衝撃に柱は吹き飛び、大量の破片が銃弾のように不知火、玄嶽を襲う。

玄嶽突撃班の指揮官である後藤大尉は不知火二名の間に飛びだし、金砕棒で

地面を突いた。

ムツノナタノミコトはさらにもう一本の門柱を完全に破壊する。

門の奥側に位置する控柱が、大門の楼閣部分の重量に耐えきれず、悲鳴を上げる。

柱が割れると同時に屋根瓦が雨のように降り注ぎ、直後楼閣部分が崩落した。

大音響と土煙をあげ、大門が崩れ落ちる。不知火・玄嶽を巻き込んでの

破壊であった。

毘沙羅堂から飛び出した悪兵衛は、楼閣が土煙と共に垂直に崩落していくのを

目撃する。その直下で戦っていた不知火隊士と玄嶽隊士は直撃を受ける。

手前には弥者の巨人がそびえ、悪兵衛に向かって踵を返した。

悪兵衛の背後には麻生と連者隊三名が付き従う。

「麻生中尉、小早川司令に指示を仰げ。」

「悪兵衛殿は」

「尊級を討つ。」

破壊された瓦礫の山の下、戦友たちの死を思うとき悪兵衛は敵との力の優劣、

戦力の差を考える事は出来なかった。琿青が唸り士魂が充溢していく。

怒りが、戦友の死、自らの死、その恐怖を上回る。全身が燃える焔の塊に

なっていく感覚を覚える。


ムツノナタは悪兵衛達の元に大鉈を放り投げた。

巨大な鉈の先端は丸く、重石の役目をする炎の意匠の飾りがついており、

投げ捨てられた鉈は地面に落ちると起き上がりこぼしのように揺らめいたあと

屹立した。

ただ一瞬の間、その行動に侍達は意識を向けてしまう。

破双をも上回る速度でムツノナタノミコトは接近し、悪兵衛の眼前、

組んだ両拳で大地を撃った。

間欠泉のような爆発が起きた。悪兵衛達の全身を衝撃が襲い、吹き飛ばされる。

玄嶽隊士は右半身を破砕され、地面に激突する。即死であった。

隊士の一人は咄嗟に麻生を庇い、体表面が衝撃で削り取られる。

麻生中尉は士魂で身を護りながらも衝撃で全身を強く打ち、回転しながら

地面に投げ出された。もっとも遠くにいた隊士は吹き飛ばされ、身体を

地面に激突、意識を失う。

悪兵衛は、爆発と同時に破双で背後に下がっていた。襲い掛かる衝撃波を

体内に充溢する士魂で緩和し、距離を開ける事により致命を避けた。

が、吹き飛ばされた空中でもう一度破双を使い、炸裂音と共にムツノナタに

突撃した。

「旭光」

悪兵衛の怒号が響き、轟音と共に爆心より破壊の光弾が打ち上がる。

地面を撃ったムツノナタの懐に爆壁を生成、全身を消し飛ばすつもりで

あった。が、破常力で強化された弥者の脚は、破双と同様にその攻撃を

も退いて躱す。


悪兵衛は旭光を射出した姿勢のまま地に落ち、呼吸もままならない。

その眼前に、ムツノナタの影が差した。

屹立した巨人の片側の角が白煙をあげ、組織が分解している。

自らその根元を押え、めりめりと音を立てて折った。放り投げられた

角は身動きも出来ない悪兵衛の下に重い音を立てて落ちる。


ムツノナタノミコトは大鉈を握ると、侍達には一瞥もせず、

その場を後にした。地を響かせる足音が遠くなっていく。

「麻生中尉、報告せよ」

小早川の金切り声の宗波が奔る。麻生叶は吹き飛ばされた先の杉の木に

もたれたまま、消え入りそうな意思で返す。

「播磨悪兵衛少佐が…旭光にて、尊級弥者を撃退。…少佐の生死は確認

出来ません。」

それだけ伝え、麻生叶は意識を失った。

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