十二
定壁という基礎的な魁音撃がある。爆壁を生成し、わずかな間、その場に
留まらせる攻撃手段である。防御を旨とする玄嶽隊士は、この定壁を
強化・延長した劫壁という名の魁音撃を駆使する。
これは爆壁での攻撃ではなく、その衝撃を長く、遠く置く事で他の攻撃を
緩和、相殺させる為の戦技であった。
ムツノナタノミコトの破壊により崩れ落ちた楼閣は、その直下にいた
後藤安俊大尉はじめ、何人かの玄嶽隊士の頭上へ張った劫壁により、
硬く防御され、十字朗とバルザックは傷一つ負っていなかった。
橘川兄弟の空爆により、残存していた入道蜘蛛も全滅し、玄嶽の被害は
皆無であった。
だが、尊級弥者と遭遇した精鋭である連者隊は、四名を殺害される。
生存した麻生叶中尉は意識を取り戻し、玄嶽付きの医師に治療を施されて
いる。
壊滅した早騨宿の生き残りは発見されず、拉致されているかどうかは未確認の
ままである。ムツノナタノミコトは毘沙羅堂に入った後、忽然と姿を消した。
悪兵衛は意識不明のまま本陣に搬送され、一時は心臓の鼓動を止める。が、
医師団の治療により意識が戻り、すでに起き上がる程の回復を見せた。
全身を苛んだ衝撃の後遺症は奇跡的に無い。
十字朗に肩を貸され、救護所の天幕を出る悪兵衛を玄嶽隊士が声を上げて
迎えた。皆口々に、単騎で尊級弥者を退けた悪兵衛を称えている。
悪兵衛は眉をしかめ、十字朗に不知火天幕まで戻る事を頼んだ。
「相手にならなかった。俺が傷をつけたのは角の先だけだ。」
「情けをかけられたか、他の目的があって打ち捨てられた。」
吐き捨てるように悪兵衛は言った。
「それでもムツノナタは帰っていったんだろう。」
「次に勝つ方法を考える時間があるよ。」
十字朗とバルザックが微笑んでいる。
「俺が間に合えば、射殺したのに。」
「一圓は入道蜘蛛に接近しすぎて小早川司令に怒られたじゃない。」
橘川兄弟の軽口で、悪兵衛の青ざめた顔にようやく表情が戻った。
「不知火隊士の皆様、小早川司令が。」
玄嶽の伝令が天幕に訪れる。火急の要件である。
不知火の侍達は玄嶽本部を訪れた。
弥者及び狗族の討伐を行い、作戦は成功の筈であったが、小早川はせわしくなく
歩き回り、髪をくしゃくしゃとかき上げている。
「おお、不知火の諸君。貴方達に作戦指令書が届いているのです。」
不知火の紋章で封をされた書付を悪兵衛は広げる。のぞき込む十字朗と
バルザックの顔色が変わった。
「神尾鉱山に弥者大隊と思われる軍団、多数の狗族が出現。交戦に入った。」
「戦闘参加が可能な者は神尾山南壁を迂回、不知火本隊と合流後、
敵を殲滅だと…?」
「我々玄嶽にも同様の指令書が届いています。…しかし、山中での行軍を指揮する
連者隊に死傷者を出し、脚は鈍ってしまいました。不知火との合同での
参加は厳しく思われます…動揺すべきでない!苦難の時こそ」
大声を上げて小早川は歩きまわる。
悪兵衛はバルザック、十字朗、一圓、一真を見つめ頷く。
「早騨宿を出立する。各自装備を確認。」
「小早川司令、不知火隊士五名、早騨宿奪還作戦を終え、神尾鉱山へ
向かいます。」
小早川はあらぬ方向を見つめながら敬礼を返した。
「戦争はあらゆる知恵や哲学を超える啓示です。」
*
黒々とそびえる神尾山を見上げ、瓦礫が撤去されつつある大門跡地を
進む。作業に従事する玄嶽隊士達が皆、敬礼し、不知火の侍達は
答礼する。
「弥者達の狙いは何なんだ。」
悪兵衛は自問するように呟いた。並んで歩くバルザックが暫し沈思し
口を開く。
「小早川司令は搦め手で弥者と狗族に相対し、戦果を上げた。」
「結果で言えば見事な策だった。…しかし」
「欺かれていたのは我々人間だったのかもしれない。」
バルザックの言葉の終わりと共に、轟音が耳朶を貫いた。
見上げた厚い雲の中、黒い影が見え隠れしながら北に向かって
飛行している。
「あれは…鸞だ。」
悪兵衛は大きく瞳を見開いて言った。
荒胆の武士 了




