七
連者隊を指揮する麻生から作戦行動の確認が行われた。
蛇行しつつ北の大門を目指す本隊に比べ、連者隊の行動はほぼ直線であり
やや時間の余裕がある。兵達は互いの装備品の確認をしている。
「少佐、山中にてその隊服は目立ちます。」
麻生はやや侮蔑の眼差しで悪兵衛に進言する。
濃緑の装備の玄嶽隊士の中で純白の長着の悪兵衛の姿はいかにも目立つ。
「それで良い。弥者に目標とされ易い。」
「我ら連者隊で相手にならぬ、と?」
「知らん。だが拙者が討つ。」
にべもない悪兵衛の言葉に、連者隊はにわかに気色ばむ。
「登攀中は武具を持てません。一人徒手で弥者と渡り合うつもりか。」
麻生は眉を吊り上げて低く声をあげた。麻生の異変に隊の者は集まる。
指揮官に絶対の信頼を置いているのがわかる。
「試すか?麻生中尉。」
悪兵衛はにやりと笑って琿青を鞘ごと抜いた。麻生も装備品の背負い袋を
下す。連者隊士は三歩下がり輪のように二人を囲む。
麻生は両拳で顔面を隠す貞拳の防御の型、悪兵衛は掌をやや開いた
組打ちの型で対峙する。素早く距離をつめた麻生が左拳を突き出す。
誘い傍点である。悪兵衛は掌でその軌道を反らした。その瞬間、体重を込めた
麻生の右の鉤突きが悪兵衛左こめかみを狙い、蛇のように繰り出された。
悪兵衛は肘をあげて、左腕全体で頭を護る。体重の軽い拳が腕に接触した
瞬間、腕全体が振動し、激痛が襲った。
(これは…戦技か。)
拳が接触した左肘と上腕の境目あたりに波のように衝撃が広がり、肉体が破壊され
つつあるのを感じる。素早く悪兵衛は右拳で左の掌を打った。
微弱な拳環を流し込む。広がりつつある衝撃が分散され、左手の痺れが残った。
(恐らく、拳渦という技だな。)
左腕を垂らした悪兵衛の額にじわり、と冷や汗が浮かんだ。
衝撃に回転を加えた拳環に対して、内部に衝撃を残す拳渦はその使い所が難しく
不知火に習得している者は少ない。知識として知っている程度であったが、
人体にはかなり有効な打撃として効くようだ。
不知火道場にて、風祭副長の試演を思い起こす。本来の拳渦の使い所は…
一歩引いた悪兵衛に麻生が接近、鋭い呼気と共に突上打を繰り出した。
悪兵衛の鳩尾を正確に狙っている。悪兵衛は拳を組み、あえて腹で受けた。
波のような拳渦の衝撃が全身に広がる。連者隊士が息を飲み、声を上げた。
麻生は左手を殺し、両腕で防御できない状態で拳渦を悪兵衛に叩き込んだ。
恐らく意識を失い作戦には参加出来ない。だが与えられた任務は連者隊のみで
遂行してみせるという算段があった。
そのまま悪兵衛は崩れ落ちるように身体が下がっていく。
かがんだ頭を拳渦を繰り出した左手にくぐらせ、左手で麻生の首と左腕を
極めて、組む。大きく伸びあがって身体を捻る。麻生の脚が投げだされ、
高く空中で回転した。
「裏投げ」と呼ばれる組打ちであった、地面に激突する瞬間、悪兵衛は
組みをほどき、麻生は脳天からではなく、頭・頸椎・肩で衝撃を分散させた。
投げを打たれた麻生は一瞬意識を失ったが、すぐに覚醒し立ち上がろうとする。
地に着いた腕に力が入らない。連者隊士が手を貸してようやく立ち上がった。
悪兵衛は長着を直し、隊士から琿青を受け取って差している。
拳渦によって、打撃を受けたはずの左腕も、全身の衝撃も無かったように振る舞っている。
「何故だ。」
麻生は悪兵衛を睨みながら思わず声に出した。
「何故も糞もあるか。鍛錬が足らぬぞ、中尉。」
悪兵衛は拳環で拳渦を散らした。これは体内での士魂の組成を得手とし、
キリヒトノミコトの破常力、力太郎との腕相撲等、様々な戦闘経験による
知識に拠るものである。
「作戦開始は半刻後。すこし休めば動けるようになる。」
「連者隊士で拙者との組打ちを望む者がおるか。」
応える者はいなかった。皆、悪兵衛を見つめている。
「よし。」
「麻生中尉、玄嶽では特別な糧食があると聞いた。少しわけてくれ。
腹が減った。」
悪兵衛の気楽なものいいに麻生叶はため息を漏らし、膝をついて
装備品の封を開けた。
*
玄嶽本体四十四名と共に十字朗、バルザックは行軍している。
橘川兄弟は列後方の槍隊と行動を共にするとし、先発の二名と離れ密かに、
大門到着と共に合流する手はずになっている。
蛇行する本通りを進むと、入道蜘蛛に殺傷された兵達の遺骸が増えてくる。
本隊とは別に回収する班が編成され、原形を留めた遺体を運び始める。
無念の面持ちの者、悲痛な恐怖に囚われた者、破常力に惑わされ、無表情の者。
開津藩兵達を見ながら十字朗とバルザックは手を合わせた。
本隊を指揮する後藤安俊大尉は無表情で行軍を続ける。まるで兵達の遺骸が
目に入らないようであった。
「大尉、遺体をどこまで。」
「戦闘の邪魔になる。この位置まで下がらせ一まとめにしておけ。」
遺体処理班の隊士に後藤は答える。
その答えを聞き、十字朗が拳をかためて歩みだす。が、バルザックが肩に
手を置き、留めた。無言で首を振る。
十字朗はうつむき、隊列に入り、歩みだした。




