四
夜半、しのつく雨の中黒い人影が三つ、廃屋の間を通り抜け街道を避けて
大門へと接近する。
「ここで待機。敵出現の兆候あれば、攻撃してくれ。」
黒色の菅傘から水滴が落ちる。悪兵衛は背後の橘川兄弟に短くいった。
三名は潜入用の道中着に身を包み、濡れた鴉のような出で立ちである。
悪兵衛は単独で戦場跡を歩み、しゃがみ込んで龕灯の明かりで手元だけを
照らす。雨と泥水と大量の血が道に川のように流れている。
暗闇の中、重なり打ち捨てられた搔盾を引き上げ、小さな明かりで照らす。
悪兵衛の表情が変わった。
*
玄嶽天幕内、小早川とバルザック、十字朗が卓を囲む。
「玄嶽本隊、早朝に到着の予定です。午後より突入作戦を開始いたします。」
司令の抑揚のない声に二名は視線を落とす。
見殺しにした開津藩兵達の事が重くのしかかっている。
「敵戦力は」
「入道蜘蛛四八体、青坊主四体、弥者三名。」
「想定される破常力は」
「一つ、飛び道具完全防御。」
「一つ、複数名を消し去る。」
「一つ、兵の思考を奪い、抵抗させない。」
小早川は立ち上がり楽し気に大声で語る。
「それを知る為に送りこんだな?」
バルザックが怒りを含んだ低い声を上げた。
「いいえ、違います。バルザック中佐。」
「ここで扉が開かれたのです。」
「弥者が破常力を繰り出した順はその能力を物語っている。」
「どういう意味だ?」
十字朗もうんざりした表情で声を発した。
「なぜ、三番目の破常力の行使者は最初に現れなかったのか。
兵の思考を奪えば後は案山子も同然のはず。」
「それは、火縄で狙われたくなかったからです。恐らく精神統一の為
その場に留まる必要が。」
「ではなぜ、二番目の破常力の行使者は最初に火縄兵をすべて
消し去らなかったのか。」
「それは、二番目の弥者が任意で兵を消し去るのではなく、視界に
入った一定範囲を消すという能力だからだ。」
天幕に悪兵衛が丁服に陣羽織姿で戻った。
「おお、少佐。戻られましたか。さすが現地での調査は目覚ましい。」
「…この場にいてもわかったがね。」
小声でいいながら小早川はせわしなく歩き回る。
「隊列が乱れ、火縄兵が搔盾兵と共に混乱した時、二番目の弥者が
現れ、破常力を行使したのです。その為、一番目の弥者が飛び道具を
ひきつけ、ある程度数を減らさなければならなかった。」
「そこで別の者がなんらかの攻撃を」
「いや、死体には銃痕があった。杖の弥者は破常力で飛び道具を
撃ち返している。」
「そういう事か。あの舞のような動作は。」
バルザックは遠眼鏡で見た杖の弥者の動きを鮮明に思い出す。
悪兵衛は眉を寄せて言葉を続ける。
「二番目の弥者は兵を消しているのではない。一定の範囲の人間を
圧し潰している。」
「搔盾をめくると、紙のように平たく潰された兵の亡骸があった。」
「大石允義殿の死因も、それだ。」
バルザックと十字朗は顔を顰めている。
「そこで三番目の弥者が思考を奪う破常力を行使、直接攻撃の入道蜘蛛
と青坊主を投入したわけですね。素晴らしい。蛮族の弥者にこのような
知恵があるとは。」
上機嫌な小早川にバルザックが向き直る。
「小早川司令。当初の作戦要綱に変更は。」
「ありません。開津藩と同様の突入に見せかけ、玄嶽の魁音で叩きます。」
「不知火の皆様は当初の予定通り別動隊で側面からの攻撃を。」
「…間に合わんと思うがね。」
呟く小早川を睨みながら悪兵衛は低く声を上げた。
「別動隊は拙者のみと共に攻撃、不知火隊士は正面突入隊に編入して
もらいたい。」
小早川は悪兵衛の進言に眉を吊り上げた。
「俺とバルザックで弥者を斬る。ついでに青坊主も片付ける。玄嶽は
入道蜘蛛を防げばいい。得意だろう?亀は。」
十字朗は揶揄を込めて声を掛ける。
バルザックが十字朗に向けて雀拳をして勝った。
「僕が女弥者と潰す弥者。」
「俺が杖の弥者か。青坊主は先取りだぞ。」
「作戦の変更はありません。」
小早川は無表情で言い放った。
「当初の予定通りです。よろしいですね。」
にやりと笑いながら有無を言わせぬ調子である。
「しかし」
「いい。十字朗。従おう。章さんの指示でもある。」
「灰音殿か。…そうだな。」
言葉を聞いた小早川の表情が変わった。額に青筋を浮かべ、唇が
震えている。
「灰音、灰音章雪がなんと。」
「指令は灰音中佐をご存じで?」
「灰音は何と申した。」
先ほどまでとはうって変わった様子に、悪兵衛は面くらいながらも
答える。
「作戦行動は現地の参謀の指示通りに。戦況が変わる、もしくは何らかの
情報を得た場合、作戦の変更を頭目の拙者が指示せよ、と。」
「それは、参謀が私と知っての言葉か。」
「さあ。それは存じませぬ。」
小早川は速足で歩き回り、髪をくしゃくしゃとかき上げる。
ぶつぶつと何を話しながら両手を天にかざし、顔を覆う。
「おのれ灰音章雪、奸物めが。この場に及んでまだ私を」
「指令殿、いかがいたした。」
小早川は立ち止まり、目をつぶって何事かを呟き、大きく手を開いて
大声をあげる。
「美しい者に破る事の出来ない命令などない」
「播磨少佐、不知火隊士を正面突入隊に編入しましょう。」
「それが貴方の、貴方の判断を支持した灰音章雪中佐の意向として。」
「御意。では玄嶽到着の後に。」
不知火隊士が腰をあげた。




