↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
92/210

二


明朝、悪兵衛・バルザック・十字朗は玄嶽の天幕内で作戦行動について確認する。

悪兵衛達の遠征計画と合流まで、装備品、人選は不知火の起案で、

玄嶽との合同作戦の立案、作戦指示は小早川が行う。

相変わらずの奇矯な物言いではあったが、その内容は堅固で確実、

明快であった。

大まかに記すと、不知火の弓士と玄嶽の中距離支援隊が先行で攻撃、

本隊が突入と共に不知火が率いる玄嶽の別動隊が左翼から急襲という

ものである。大門の西側は切立った崖になっており、踏破の後

弥者の本体を叩く。いわば玄嶽本隊を陽動に使う作戦である。

不確定な要素として、敵の兵力を掴み切っていないという問題があった。

「早騨宿全滅の折、目撃されたのは多数の入道蜘蛛、数体の青坊主、弥者と

いう事であります。敵戦力の増強は確認されておりませぬ。」

「が、ふえておろうな。すぐわかる。」

「今なんと?」

「いえ、何でもありませぬ。本日昼に玄嶽本隊の報告が参ります。

いましばらく待機を。」

悪兵衛達が天幕を去ろうとしたとき、どかどかと鎧武者が

入って来る。皆鉢巻きに灰茶色の鎧姿、開津藩兵士達であった。

「これは大石殿。こちらは昨夜到着された不知火の御歴々でござる。」

兵長らしき、厳しい表情の初老の男が敬礼をする。悪兵衛達も居住まいを

ただし、答礼を返した。

「開津藩、兵長の大石允義少尉であります。」

「不知火、播磨悪兵衛少佐、以下二名隊士でござる。」

「本日は玄嶽、小早川司令に意見具申に参った。」


早騨宿は開津藩所領地であり、藩政はいち早く狗族殲滅、奪還に陣を形成した。

幕僚の命により、本閥、玄嶽と不知火と合流、その作戦指示と共に

殲滅戦が行われるはずであったが、兵長の大石は敵を前にして

玄嶽の到着を待つまでもなく、攻撃、宿場町の奪還をすべきであるという

意見だった。玄嶽の到着を待ち、すでに膠着状態が二日続いている。

藩の民が虐殺され、名に聞こえた宿場町が全滅という事実に、

開津藩兵士は憤然としている。

また、大門の先に、捕虜として宿場町の民が捕らえられているという情報も

あった。が、敵兵力に弥者が存在し、全体像がわからぬ今は本閥を待たずに

全面的な戦闘に入る事自体、許されぬ。


「わかります。大石殿。貴方の命《めい》、開津藩の勇士達の怒り、正義。」

「戦とは、男の心に火を撃ち出すものでなければならない。」

小早川が髪を振り乱し、大仰に叫んだ。が、その後沈黙してしまう。

「小早川司令、いかがいたし…。」

「この小早川、何も聞かなかった。憤るもののふの声、波音に流れて

いった。この身はただ、ここで待つのみ。」

床几に腰かけ、首を垂れる。大きく息をつき、手に持った扇子を振った。

大石兵長は頷くと、共の者と共に出て行く。

暗黙の裡《うち》に開津藩兵の出撃を許可した形になる。

悪兵衛と十字朗、バルザックは顔を見合わせた。

「小早川司令、このままでは」

悪兵衛が問いかけた所、小早川が俯き肩を震わせている事に気づく。

「中佐。」

「失礼、なんでもありませぬ。」

顔をあげた小早川は何もなかったような顔色で、白湯を飲み込む。

「開津藩兵が突入準備を始めます。我らも共に。」

「いけませぬ。」

「不知火は待機です。出れば先ほどの話しが無駄になってしまう。」

「しかし」

「なりませぬ。播磨少佐。」

「みすみす藩の兵を死なせる事になります。」

バルザックが静かな怒りを込めて言った。

「敵入道蜘蛛は二十とも四十とも言われております。青坊主は十前後。」

「弥者は確認が取れておりませぬ。存在していないのかも。開津藩兵二百、

自ら早騨宿を奪還する。これ以上の誉《ほまれ》はありません。」

「重ねて申します。不知火は手出し無用。」


*


三名は開津藩宿舎に向かった。粛々と兵備を進めている。

「失礼する。大石殿。」

悪兵衛は突入の策を練る兵長の天幕に入る。

「これは播磨殿。皆様。よくぞ。」

「突入は、我らと共に明日もしくは明後日まで待っては貰えぬものでしょうか。」

「それは、開津藩兵が狗族との戦闘に敗北するという事でありますか。」

十字朗が珍しく声を荒げる。

「そうは申しておらぬ。」

「我々は狗族、弥者との戦闘を表立って引き受ける部隊だ。一日の長がある。」

「聞くところによると、開津藩の兵の半数は民兵だというではないか。」

大石兵長は大きくため息をついた。

「いかにも。かく言うそれがしも漁民あがりでござります。」

「早騨宿には血縁の者も多く、老いた両親と妹夫婦がこの侵攻で亡くなり

申した。そうした境遇の者が多く居ります。」

「防御に優れ巧遅で名高い玄嶽は、その侵攻速度により何度も狗族を

とり逃したと聞きまする。現に今も手を拱《こまね》いておる。」

大石兵長の血を吐くような言葉に三名も言葉が無い。

周りの兵も、沈鬱な表情の中に怒りを滾らせ、戦意で充溢している。

手下の者が天幕に現れ、兵備の完了を伝えた。

「我ら敗れた後は、頼みましたぞ。」

大石允義兵長は開津藩兵共々、陣幕を蹴上げて出て行った。


「バルザック、あの場合どうしたらよかったのだ。」

「うーん、兵を集めて大石殿に腹を切らせるね。」

「何。」

「そうしなければ、あそこまで燃え上がった兵達の戦意は消せない。それに

突入したらもっと多くの血が流れる。」

「十字朗はどう思う。」

「わからん。が、バルザックが正しく思える。大石殿に腹を切らせた、と

兵に向かって嘘をついて、あの頑固親父は縛りあげておくかな。」

「あー、それがいいね。」

三人は少し笑い、開津藩の天幕を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。