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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
91/210

一


本土決戦軍閥師団、桜花進勅聯隊《おうかしんちょくれんたい》、玄嶽《げんがく》。

本閥に於いて最多の兵力を持ち、拠点防衛、侵攻、奪還制圧を目的と

し、日の本軍と連携する、実質統合陸軍である。

対弥者・狗族との非対称戦争の中核を担うべき軍団ではあったが、

攻めるべき弥者の本拠地、拠点、中間支援地点等、すべて不明であり

侵攻を受けた後、迎撃という後手後手に回る作戦が続いている。

早騨宿壊滅、奪還の命を受け一個大隊が派兵されるが、歩兵中心の

その足並みは遅く、不知火隊士をして「亀野郎」と謗られる所以であった。


不知火屯所から明日香街道を南下、海岸沿いに一日、そこから神尾山の

南壁に向かう山肌に広く栄えた港町が早騨宿である。

攻撃隊として編成された、播磨悪兵衛、安曇十字朗、橘川一圓・一真、

ルートヴィヒ・フォン・バルザックが港に入ったのは屯所より一日半の

移動の後の深夜であった。

宿営地が設営され、日の本軍の兵士達が宿場町を眼前にして

隊列を組む。

その向こうには無数の篝火と、焼け出され、激しい戦闘の後に

廃墟となった家々が連なる。

まだ彼方此方に火の手と煙があがり、北に見える楼閣の下の大門が

弥者による篝火で照らされている。

あたりは不気味に静まり返り、兵士達の息遣いと鎧の音だけが

響く。


「玄嶽、小早川真治郎中佐であります。参謀を仕りまする。」

指揮官の小早川中佐は痩身の青白い顔で、年は三十に届かない様子、

ざんばら髪を振り乱すように話す。

しかしその音量が叫ぶような大声になったり、ぼそぼそと小声で話したりと、

少々奇異な印象を与える男であった。

「何たること、不知火のご同輩に申し訳ない。」

「我が玄嶽の本隊は移動中でして、一両日到着が遅れるのです。」

「何たること。我が胸中はかきむしらんばかり。」

どたばたと歩きながら大声で話す小早川に閉口する。

「お気になさらず。では作戦は玄嶽到着後に発動という事で相違ないか。」

「播磨少佐、苦難の時に動揺しておりませんな。卓越した人物。」

「…私程ではないがね。」

最後の言葉は小声で聞き取れなかった。

「戦略的には、玄嶽・不知火合流後に幕僚命令の早騨宿奪還作戦発動で

ござる。だが…。我慢できまい。」

「だが、と申されましたか?」

「あ、いえ。結構。こちらには開津藩兵士が二百二十名駐屯しております。」

「また和賀藩より明後日に三百名の応援部隊が到着の予定。本日はお休みに

なり、明朝改めて作戦要綱の確認を。」

「あいわかった。ではこれにて失礼する。」

一同は小早川に一礼し、天幕を後にする。悪兵衛の背後に声がかかった。

「戦《いくさ》はあらゆる知恵や哲学を超える啓示です。少佐。」

悪兵衛は敬礼して退室した。


*


宿営地の一角に不知火の天幕が用意され、装備品が運び込まれる。

同時に輜重隊が目録と今後の補給予定の打ち合わせに訪れた。

「今の糧食は三日分、それ以降は随時っていう事になってるの。」

不知火隊士と見まごうような頑健な体躯をした輜重隊長の唐澤彦衛門が

細々(こまごま)とした補給予定を伝える。悪兵衛とバルザック、十字朗は聞きながら

干芋を噛み切り、咀嚼している。

「暖かい物、用意できなくてごめんなさいね。」

「唐澤さんのせいではござらぬよ。」

十字朗は呑気な顔で芋を白湯で流し込んだ。

「作戦行動中で、炊具が使えないのよ。」

「敵は坂の上の大門の先に集結している。小高い丘陵状の地形だ。

こちらの位置が丸見えになる。火は使えまい。」

バルザックは悪兵衛の言葉に、にっこりと笑った。

「唐澤さん、寿司握ってよ。」

「あ、いいな。食べたい。」

橘川兄弟は弓を張りながら気楽に声を掛ける。

「あっ、そうね。海も近いし…だめよ、お米炊けないもの。」

「明日、どうにかできないか小早川殿に進言してみよう。」

「あの指揮官、変わった人だったね。」

バルザックが思い出し笑いをしている。髪をかき乱して手を振り上げる。

「播磨少佐、卓越した人物!」

バルザックの思いのほか似ている形態模写に笑いが起きた。

宿営地の先、篝火に照らされた大門の付近は変わらず沈黙している。

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