九
人気の無い参道を端までいくと、西岸に上る橋と階段がある。
腕を吊った悪兵衛と両手を包帯で巻いた士道を仁悟朗が
笑っている。その背後に楚々とした風祭が付く。
提灯の並ぶ参道の先、闇の中にほの白い人影が立った。
力太郎である。
はだけた腕の先は変色し、ぶらぶらと関節をなくした人形のように
振っている。逆の腕で石灯籠を殴りつけた。
灯籠が粉々になると、その背後、女が佇んでいる。
顔つきは力太郎そっくりののっぺりとした色白で、女児のような
派手な朱の金魚の描かれた浴衣に身を包んでいるが、
その額にはねじ曲がった角が生えている。
口元から瘴気のような息を吹き出した。
「成る程。二人組の弥者、か。」
風祭がうっすらと微笑んで言った。
「片方が人間体の相棒に破常力を送り込んでいたようだな。」
三人は刀袋より魁音刀を取り出す。
「ヤマトビトの、いかでかマホロバの土をば侵すべき」
「ヤシャショウライ」
しわがれた声が参道に響く。ごきり、ごきりと音を立てて
破壊された力太郎の右腕が復元し、女の弥者の様相とそっくりな
正体を現した。
男女の弥者に、怒りと殺意で膨らんだ気が満ち満ちている。
「はぐれの物の怪に宣戦布告するまでもない。頭目、戦闘指示。」
風祭の鋭い声が飛んだ。一呼吸おいて悪兵衛は宣言する。
「対峙する人外を弥者と認め、これを討つ。」
「深町仁悟朗大尉、単独でこれを殲滅せよ。」
「承った。」
仁悟朗は魁音刀を一気に引き抜く、白い火花があがり、炯々たる瞳を照らす。
馳駆紫の改造型でどっしりとした太い握りに拵え、刃も幅広の
魁音刀は「扇田」と呼ばれ、仁悟朗専用の物である。
「コ ワ ラ カ」
両弥者が同時に呪詛を放ち、鏡のように対象に腕を振る。暗い境内に
二人の姿がうすら赤く光り、影が伸びる。
「野火」
仁悟朗の太い声と共に、振り抜いた刀鳴りが響く。次いで女の弥者の
足元から、魁音の衝撃の柱が上がり一気に男の弥者まで巻き込んで
通り抜けた。まさに破壊の暴風のような魁音撃である。
二人は、自らが消滅していく自覚もないまま、この世から痕跡を消した。
「各自、周囲を索敵。」
悪兵衛が静かに言った。
「よい。居れば繋ぎをつけに立ち去ったであろう。」
「は。では深町大尉の魁音撃にて弥者二名を殲滅。戦闘を終わります。」
風祭と悪兵衛の短い会話の間に仁悟朗は刃を揮って納刀する。
「ありがたい。清々した。」
*
居籠一家の屋敷の前に篝火が焚かれ、歌い声や笑い声が聞こえてくる。
西岸を歩みながら、楽し気な人々を臨む。
「犬神の親分に一宿の恩返しができたか。」
「副長、椴松一家はいかがあいなりますでしょうや。」
「弥者と繋がっていた事は明白だ。それを知っていようがいまいが。」
「審議の上、取りつぶしだ。」
「まずい露店と、郭がなくなりますな。」
「露店はいいが、楊弓は」
いいかけた仁悟朗を風祭がじろりとにらむ。
「…無くなって結構。風俗の乱れは治世の乱れ、ですな。」
「左様左様。」
そらぞらしい仁悟朗と士道の会話で悪兵衛は苦笑している。
狗族と同様に弥者は人間と太古からつながりを持っていたと言われる。
それが非対称戦争によって表層に現れたのはつい百年の昔。
人間のつながりの中に弥者が存在し、今も一つの社会として
動いている。
弥者は何故、人々を虐殺し国を亡ぼす事を望むのか。
黒々とそびえ立つ神尾山が、人類の抗争を見下ろしている。
逢魔 了




