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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
84/210

七


剛力比べの二種まで力太郎の勝ちになり、居籠一家と椴松一家の

賭けも最後の腕相撲により決まる。

居籠一家の正太が勝てば、来年の中之島の取り仕切りは一対二となる。

椴松一家の代表である力太郎が勝てば取り仕切りは全て椴松の物。

一般人である悪兵衛が勝てば折半である。


腕相撲の三回戦まで悪兵衛は一息に勝ち上がった。

身体の大きい者、腕力自慢の者、地方で名をはせた者、

すべて仕合にならない程の強さを見せて下した。

腕相撲は腕力に拠るというのは当たり前だが、悪兵衛は少し違う

戦い方をしている。


大樽に肘をつき、互いの掌を握り、自分側に倒す。これが通常の腕相撲

だが、そもそも悪兵衛は片腕を倒し込もうとしていない。

逆の手で樽の縁を掴み、「両腕を閉じるような」運動をしている。

幼少より鍛えに鍛えた引き上げる力、牽引力を左右合わせるように

使う。また、それにともない地面を踏み込み、腰から腹、胸、

肩までの回転を掌に伝え、それぞれが相互に干渉しながら最も強い

力を生み出している。

戦闘における身体の使い方に天賦の才を認められ、十六の若さで

最強の攻撃力を誇る「旭光」の習得に成功した侍、

播磨悪兵衛の面目躍如であった。

自らの膂力に多少の自信のある者でも、おいそれと勝負になるはずが無い。

それほど、悪兵衛は腕相撲に無類の強さを見せる。


四回戦が始まる。

悪兵衛の相手は力士崩れの大男で対峙すると大人と子供の差があった。

圧倒的な力で勝ち上がった悪兵衛ではあったが、同情の声が飛び、

大樽の置かれた台座周りの人だかりから笑いが起きた。

「本当にやるのか?若いの。」

力士崩れが分厚い唇をまげて笑う。悪兵衛は無表情に

樽に肘をついた。


「奴が本当の力を出すのは、ああいった類いの時だ。」

「俺や、バルザックのような相手だな。」

仁悟朗と士道が悪兵衛の横顔を見つめる。

屯所の隊士を驚かせたのはまさに、全身運動による腕相撲でも到底叶わない相手、

「筋量の目方が根本的に違う」場合であった。


行事の掛け声とともに腕相撲が始まる。

やや拮抗している展開で、互いに余裕はない。力士崩れの男は

悪兵衛の剛力に多少面食らう。だが、体重と筋量の差で一気に

勝負をつけようと、抱え込むように身体を傾けた。

悪兵衛の瞳孔に白い光が灯ったように見えた。

力士崩れの太い腕はなんなく悪兵衛側に倒れる。

歓声が沸き起こる。見ている者達の座布団が飛んだ。

負けた男は狐につままれたような顔をしている。


「成る程。」

風祭は悪兵衛の汗にまみれた顔を見つめる。

仁悟朗、士道と笑顔で語る悪兵衛の掌、下碗、上腕、肩まで視線を這わせた。

「悪兵衛、倒し込む時にどのような体《たい》の使い方をした?」

「それが、あのような強い者とやる時…いつもよく覚えておりませぬ。」

「意識が無くなるのか。」

「いえ、ただ、自分の心が無くなるというか。全身全霊であたっては

いるのですが。あの時は自然に腕を倒しております。」

「そうか。よくやった。後はあの化け物だな。」

悪兵衛の腕回りの怪我の有無を確かめ、何事もないのを確認した風祭は

手ぬぐいを渡してやった。

(こやつ、挑む際には無意識に体中に士魂を通しておるな。)

(その放出が衝撃ではなく、血潮のように掌を伝って相手の体内、

恐らく骨格内の髄に浸透しているのであろう。)

(「繋がった」状態で相手の腕も我が物としてただ、倒しているという

わけか。)

風祭は悪兵衛の身体の秘を垣間見た気がしている。

(いずれにせよ、訓練云々で身に付く物ではない。恐ろしい男よな。)


優勝まであと二つ。台座には正太と力太郎があがる。

派手な着流しから片腕をはだけ、青白く、柔らかな腕を見せる力太郎。

対して、日に焼けた正太の上腕が逞しい。

掛け声の後、力太郎は舌なめずりしながら正太の攻めを受ける。

脂汗を流して、全身の力を籠める正太。体《たい》の使い方を悪兵衛が

密かに伝え、その通りに行っている。

力太郎は正太の足元から頭の先まで眺めると、一気に引き倒した。

歓声が沸き上がった。直後、正太の悲鳴が人々の声をつんざく。

力太郎は倒した正太の掌を握りつぶした。

恐らくたなごころの内部、複雑な構造の骨は酷い折れ方をしている。

手首を抑えて絶叫する正太を居籠一家の者が介抱し、何人かが

怒りの形相で力太郎に詰め寄る。

刹那、力太郎は人々の頭上を飛びすさり、天井の梁に手をかけて

台座の外の闇に飛びだし、消えた。

後にひくくしわがれた笑い声だけを残す。

「物の怪か。」

人々は恐怖の表情で口々に言った。


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