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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
83/210

六

「たわけ」

不知火副長の雷が落ちた。

三人は裏通りの石畳に正座し、その前に風祭が仁王立ちしている。

「よくよく聞けば怪しい者を吟味する為に祭りに参加したのであろう。」

「賭け事にうつつを抜かし、目的を失う所であったぞ。このうつけ共。」

風祭の剣幕に、屈強な男達がしょぼくれて、首を垂れているのを

遊女たちが笑いながら覗く。痴話喧嘩や、賃金の未払いに浪人がとっちめられて

いると思っているらしい。

「悪兵衛。頭目でありながら何とした事だ。」

「申し訳ありませぬ。しかと顛末を報告させて頂きたく」

「こんな下らぬ報告は刑部殿の心痛になるだけじゃ。必要ない。」

「はは。」

風祭の胸三寸に納めてくれるという事である。三人は平身低頭した。


先に内偵に入った神尾鉱山の調査と、問題解決の為に風祭は出張っていた。

その帰り、もう一組の内偵、悪兵衛達の確認をしに来ていたのだったが。

まさか賭けに負けて無一文になっているとは。三人を叱責しながら参道を歩む。

すらりとした高い背に涼し気な目元、臙脂に芍薬が鮮やかに描かれた浴衣の上で

垂らした髪が揺れる。遊女姿でありながらどこか近づき難い雰囲気の

風祭であった。道行く男たちは遠巻きに眺めるだけである。


「してその剛力比べの対応は。」

「は。樽運びに深町、綱引きに畦倉、腕相撲に播磨が臨む所存。」

「その怪しき「力太郎」なるものの所感はいかがなものか。」

「人間の姿のままで剛力を操る為、弥者に非ずとの見解を持っております。」

「よし、まずは勝て。」

「はは。」

三人は声を揃えた。いよいよ負けられぬ。


*


樽運びの競技は、五人一組で行われる。同じ重量の四斗樽を横一列に

並んだ男達が一定の距離を運ぶ。

四苦八苦し、脂汗を流して樽を運ぶ男達に声援が飛ぶ。

仁悟朗は三組目に入る。裾をからげ、腕まくりをして樽の前に立った。

その二人横に、かの力太郎もいる。士道は風祭に、奴です。と耳打ちした。

号令がかかり、仁悟朗は軽々と樽を持ち上げて歩き出す。その力強さにどよめき

が起きる。が、力太郎はひょいひょいと小走りで運びきった。

歓声と騒めきが広がり、不正を疑う声が上がる。

村の者が力太郎の持った樽を持ち上げようと試みるが、他の物とまったく

同じ、なみなみと水の入った樽であった。

力太郎はゆうゆうと勝者の札を受け取り、張り付いたようなにやけ顔で

敗者達を見回し、仁悟朗の足元に唾を吐いた。


「たしかに、並の者ではないな。」

悪兵衛は人波に消える力太郎の背を目で追った。

仁悟朗はにやりと笑いながら肩をまわしている。

居籠組の正太も健闘したが、決勝で力太郎に敗れる。圧倒的で

あった。


「副長、如何思われますか。」

士道の問いに風祭は目を閉じて感覚を反芻する。

「八百万の*揺れ*を感じた。だが破常力と断定できる程表出している

物ではなかった。我らが魁音撃を撃つ時も揺れは起きる。」

「何らかの力を持つ、ごく一般の人間と云う事ですか。」

「今はそうとしか考えられぬ。詳しく観察するべきだな。」

「士道、そろそろお主の番がくるぞ。」

悪兵衛の声に、士道は立ち上がり人だかりの中心、綱引きの土俵に向かう。


歓声が起きた。

一組目の相手、頑健な中年の町人に士道は片手で勝った。

にこりともせず、土俵を下りる。どよめきはおさまらない。

三十人の勝ち上がり戦で、士道は白星を上げ続けた。

土俵際で見物している力太郎は相変わらずにやにやと笑いながら

升酒を流し込んでいる。士道に対抗するように片手で勝って見せた。

正太が三組目で鉱山降りの巨漢に負け、士道は四組目で力太郎と

当たる事になる。

行事の声に応じ、士道は力太郎の待つ土俵に上がった。

よく発達した二頭筋の膨れ上がりに、からげた袖が引っかかり落ちてこない。

その巨躯は岩のようにごつごつと膨れ上がり、威容という言葉が似合う。

見下ろす士道に対し、生白く力仕事等した事が無いような、なよなよとした

力太郎は不気味な事この上ない。

士道は片手で引き綱を拾い上げる。力太郎は両手を上げて応じようとしない。

「りょうてで、もて。」

老人のような皺枯れた声で力太郎は言った。

士道は空恐ろしい物を感じながら、初めて両手で引き綱を握りしめる。

勝負は一瞬で決まった。

人とも思えぬ力で士道は引き寄せられ、脚を掛けられ倒される。

またその時、思い切り綱を引かれ士道の掌から煙があがり、苦痛に眉をしかめた。


皮がめくれ、ぷつぷつと血玉が染みだしてくる士道の掌に、

風祭は焼酎をまわしかける。

合わせ貝の中の膏薬を掌全体に塗り、麻の包帯を丁寧に巻いていく。

「かたじけない。」

「剣を握ってはならぬぞ。膿んでは治りが遅くなる。」

にやにやと笑いながら見下ろす力太郎の顔を思い出し、

士道は拳を握る。額に筋が浮かぶ。

「士道、怒ってはならぬ。」

風祭がその拳をほぐした。その優しい物言いに思わず士道も首を垂れる。

「勝負は決まっているのにわざと綱を引いたな。」

仁悟朗が腕組みをして、土俵の上の力太郎を睨む。綱引きでも

圧倒的な勝利を果たし、椴松一家の者に持ち上げられて上機嫌に笑っている。

ふと、傍らの悪兵衛の表情に気づいた。

悪兵衛は歯を見せて笑っている。

仁悟朗は悪兵衛がこの表情をした時、最も凶暴になる事を知っている。

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