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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
82/210

五


「いやぁ、擦《す》った。」

「不覚。」

仁悟朗と士道が大笑いしている。

「どうした。」

「どうしたも何も、賭け矢で負けた。」

「弓の張りも矢の重心もおかしい。あれでは当たらぬ。」

的にあたれば相応の掛け金が獲れるが、より賭け高のある「当て矢」

という、予め当てる的を申告する遊びに二人は夢中になり、金子を失った。

「小銭しか残っておらぬ。」

「俺もだ。」

呑気な二人に悪兵衛も笑ってはいたが、ぎくりとして聞き返す。

「待て、持ち金をほとんど使ったのか?」

「そうだ。お前の持ち分があれば帰りの費用位なんとかなるわ。」

「いや、俺の分は宿代と飯代として仁悟に預けた分がすべてだ。

後は手持ちしかない。」

「何。」

しばし三人は押し黙ったが、やがて大声で笑いあった。

「ま、居籠屋に事情を話せば融通してくれるだろう。」

「それもそうか。」


参道の向こう、櫓の立つあたりから呼び声が聞こえる。

剛力比べの参加の締めが近づいている。

力自慢の参加希望の者達が列を作り、そこに三人はなんとか並び、

締めに間に合った。

人々の騒めきの中、何度も聞こえるのが「力太郎」の名である。

椴松一家の代表として勝ち続けている男の通称であった。

無論今年も参加しているらしい。

やがてその名を呼ぶ声が広がり、前方の人だかりが分かれていく。

その中心に「力太郎」が現れた。


派手な振袖を着崩し、片腕をはだけた色白の若い男で

のっぺりとした顔に唇が赤い。絶えずにやにやと笑いながら

分れた人の中心を歩む。香水を嫌味な程振りかけているようで、女郎のような

匂いが残った。その背後には椴松一家の者達が付き従っている。


「奴がそうか。わかったか?」

「美浪のような能力が無ければな。」

「弥者かどうかわからん。兎に角、気味の悪い男だ。」

仁悟朗と士道は小声で語る。思い返したように悪兵衛が言った。

「まて、人間に擬態したままでは破常力は使えぬ。」

「む、そうか。奴らの本来の姿に戻らねば。」

「だからこそ、お上の捜査から漏れているという事か。」

しばし三人は考えるが、やがて仁悟朗が口を開く。

「悪兵衛、お主のかいな力の方がよほど人間離れしておるわ。

そういう者も世の中にはおるのだろう。」

悪兵衛は不満げな顔をしているが、士道は大声で笑っている。


*


大櫓《おおやぐら》のふもと、剛力比べの参加者の登録に三人はたどり着いた。

背後には三名程が並んでいるが、そこで人数の打ち切りにあっている。

ぎりぎりに間に合った形である。受付には村の若者があたっていた。

「こちらにお名前を頂きやす。そうして念書にも。」

署名には、剛力比べの間、いかなる怪我を負おうとも元締めにその責めは

負わせないという覚書が添えられている。三名はそれぞれ書き込む。

「結構でございます。それでは参加料で三名様、一分銀三枚で。」

「何、参加料を取るのか?」

「へい、そういった取り決めになっております。」

三人は顔を見合わせる。

「おい、そんな金は無いぞ。」

「すぐに居籠屋に戻るか。」

受付の若者が声を大きくする。

「お支払いできねえなら、参加は諦めておくんなさい。もう締めの時間で。」

「お武家さん、さっさとしておくんねえ。」

背後で並ぶ者から不満の声も漏れる。

「まずい。」

「参ったな。参加できぬぞ。」

三人の背後より声が上がった。

「私が払うよ。使っておくれ。」


遊女姿に扮した、副長、風祭玲であった。



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