四
日暮れまで正太の屋台の修復や、すじ海老の仕入れ、他の露店の設立の手伝いに
汗を流す。その中で聞いた話だが、因縁をつけてきた浪人者達は
金で椴松一家に雇われていた。すでに村から放逐されたという。
毎年のように居籠一家に対する陰湿な嫌がらせが行われるという。
狐火の平治の目論見としては、犬神の惣吉亡き後、尾宇治の祭事の利権を
すべて手にするという事であり、心の臓に病を持つ惣吉をじわじわと
苦しめる手段であった。
惣吉は可愛がっている正太を救った侍達に、殊更に感謝していたようだ。
悪兵衛達には歯痒い事態ではあったが、民事故にこれ以上の直接の介入は
避けねばならない。
それ故に間接的に助けになるやもしれない剛力祭りへの参加を決めていた。
提灯に灯が入り、人通りが増える。
旅籠に逗留していた鉱山降りの人々が溢れてきている。
「剛力比べ」までの間、三人は中之島に降りた。
木々の間の参道には遊女や浪人者が行きかい、客寄せが声を掛ける。
雰囲気の落差に面食らう心持ちで三人はそぞろ歩いた。
「椴松一家は女衒街でも開くつもりなのか。」
「金になれば何でも良いのであろう。」
士道は眉根をひそめて言った。
未成年の悪兵衛には白粉を塗りたくった女たちと煽情的な看板の
魅力がわからず、きょろきょろと眺めるだけである。
「楊弓があるな。やるか。」
「勝負してもよいな。」
剛力比べまでの時間つぶしに仁悟朗と士道は楊弓小屋に目をつけた。
大きく「的」と書いたのぼりに、着飾った若い女が立って笑顔を振りまいている。
楊弓とは座敷に座り、玩具の弓で的当てをする遊びを指す。
金を賭ける事も、女を買う事も出来る。
仁悟朗は女にしなだれかかられて、相好を崩している。
「弓は苦手だ。俺はあそこで待つ。」
悪兵衛は隣接した煮物の露店を示し、仁悟朗と士道を残して暖簾を潜った。
日も暮れたばかりだというのに、店は人で一杯になっている。
すでに顔を真っ赤にした中年の浪人が大声で何かをがなりたて、下卑た
笑い声が方々で起きている。
頼んだ田楽が供されるが、ぬるく、味がしない。かけられた味噌も塩辛い
ばかりで悪兵衛は顔をしかめた。
隣席で酒を舐める武芸者然とした中年男が目に留まる。
肩がほつれた着流しに二本差しで、浅黒く筋骨たくましい。
「卒爾ながら、山より下りられた御仁と見受ける。」
悪兵衛は向き直ってやや硬く尋ねた。
若く、まだ頬も赤い悪兵衛の顔を見て浪人者は目を細めた。
「左様。お手前は。」
「拙者も、鉱山での人足に。」
「そうか。見たところまだ若いが。どうだ、一献。」
浪人者に酒を勧められ、悪兵衛は未成年と断ると浪人者は
優し気に笑い、摘んでいる蛸の串を勧めた。
「いかがで御座るか。山での仕事は。」
「きついな。この身体には堪える。落盤で人死にもでる。」
「だが、給金がいい。危険な分割り増しという事だ。」
浪人者は酒を舐めながら訥々と語る。
硬い蛸を四苦八苦しながら噛む悪兵衛を見て浪人は笑う。
「お手前は若く、丈夫そうだ。決して無理せず働くがよかろう。」
「痛み入る。」
悪兵衛は口の端から蛸の脚を出しながら頭をさげた。
「ちと気になる事があってな。」
「鉱山での作業は大野屋という大店が取り仕切っているのだが。」
「近頃、それとは別口でお上の手が入った。さらに割のいい採掘の
作業ではあるのだが。」
悪兵衛は蛸を飲み込み、じっと聞き入る。
「これがな、どうにも怪しい。」
「怪しい、とは?」
「不明な人死にが出ておる。山の神の祟りと云う者もある。大野屋が
決して手をつけなんだ奥での作業じゃ。」
「若いの、給金に釣られてこれに手を出す事、考えた方がよい。」
浪人者は悪兵衛の飲食代もすべて持ち、店を出て行った。
その後、幾人かの人足や浪人に話を聞いたが、皆一様に山での
不明な事件の事は語りたがらなかった。




