三
居籠一家の屋敷裏庭に、力自慢の者が集まっている。上半身を肌蹴、
ねじり鉢巻きを巻く。
犬神の惣吉も裸に半纏を羽織り、見分している。
悪兵衛達三名は客分として呼ばれ、縁台に腰をかける。
雲一つない青天の下、血気盛んな居籠一家の者達が、額と肩に
汗を浮かべている。
本日夜分に執り行われる「尾宇治剛力比べ」の代表者の選出が始まろうと
していた。不知火の三名は任務も忘れ、気楽な表情で景気づけの笛太鼓に
手拍子を打っている。
剛力比べの競技は三種。「樽運び」と「綱引き」、「腕相撲」である。
樽運びは四斗樽にたっぷり水が入った物を持ち上げ、一定の距離を運ぶ
その時間を競う。
力自慢が用意された樽を運ぶ間、周りのものが「ひとつ、ふたつ、」と
数える。細身だが筋肉質な正太が、「ここのつ」の間に運びきり、
一家の代表となった。
次の競技、綱引きは太綱を二人で引き合い、一歩でも動いた方が負けに
なる。これも正太が勝ち上がった。
汗にまみれて笑顔を見せる若者に三人は手を打ち掛け声をかける。
最後の腕相撲は十数名の者達が総当たりで行い、もっとも勝ち星が
多い物に決まる。正太がすべての競技の代表となった。
「正太、やるのう。」
仁悟朗が上機嫌で正太の肩を叩く。
裏庭には笑い声と威勢のいい叫びが響いている。
「深町さま、一度でいいんで、樽運びをひとつ見せてはもらえねえですか。」
正太に乞われ、仁悟朗は腕まくりをして立ち上がる。
一家の者達が沸いて手を打った。
仁悟朗は四斗樽を事も無く持ち上げ、「よっつ」を数える前に運びきる。
どよめきが起きた。
綱引きも乞われたが、仁悟朗は辞退する。
「こやつの方が俺より引き力は強い。」
仁悟朗は士道を指した。正太は食いつかんばかりに士道に勝負を頼み込む。
若いなりに鍛えた膂力には自信があった。
士道と綱引きは全く勝負にならない。大人と子供の様である。
二本目、士道は片手で綱を引き、つんのめって倒れた正太を起こした。
最後の腕相撲も勝負を頼まれたが、仁悟朗と士道は声を揃えた。
「悪兵衛が一番強い。お前では相手にならぬ。」
信じられぬ程の剛力の二人の言葉にさすがに正太も諦めた。
一家の者もそのあまりの力に声を失くしている。
「お三方、惣吉よりお頼みがありやす。」
犬神の惣吉が居住まいを正して、三名に頭を下げる。
「ひとつ、一般として「剛力比べ」に参加してはもらえねえでしょうか。」
事情を知る三名は顔を見合わせ、しばし考えた。
両一家の代表でない者が勝った場合、中之島の利権の割合は折半に
傾く。居籠一家を救うため、椴松一家を武力を持って制圧することは
軍人として民事に介入する事になり、許されない。
やがて悪兵衛が口を開く。
「出よう。親分に迎え入れて頂いた礼を返す。」
一家の者達から歓声が上がった。
*
「そんな目立つ事をして大丈夫か、頭目。」
川べりを歩きながら仁悟朗が呑気に言った。
士道は煌めく川面を見ながら仁悟朗と同様の表情をしている。
「月光の接触がない。」
「弥者絡みの差し迫った状況であれば出張ってきている筈だ。」
二人は悪兵衛の言葉を咀嚼している。
「また、椴松一家の代表として毎年勝つ、件の化け物じみた男を
吟味したい。」
「仁悟も士道も賛同してくれるか。」
悪兵衛の言葉に、二人は笑顔で返した。
「腹が減ったな。屋台で何か食おう。」
「東岸はやめておこうぜ。」




