十二
火の手があがった大名屋敷を後目に、渦目の用意した船で
五条邸を離れる。
朧丸は香車の死亡を美浪から聞く。無表情に頷いた後、侍達と
隠密は別れた。
翌日、不知火一行は世話になった大宮清秋に身分を隠したまま
別れを告げ、小館流道場を発った。
刑部はその足で奉行所に向かい、身分を明かして大名屋敷の火災と
共に弥者討伐の内実を伝える後処理を行う。
美浪は本人たっての希望で刑部の事務作業の補佐に付き従う事になった。
悪兵衛は旅姿の武芸者のいで立ちで、東京を一人離れる。
その背の刀袋には何より頼りになる琿青が負われている。
二刻程歩き、街道筋の茶屋で腰をおろすと、同じような旅姿の
若者が隣にかけた。
「お主の上役は三日は帰れぬのう。」
朧丸は出された茶に口をつける。
「香車殿の弔いは。」
悪兵衛が眉を寄せて聞いた。
「ない。隠密の死はそんなものだ。」
「そうか。」
茶くみ女が悪兵衛に炊きこんだ茶飯を持ってくる。
もち米に勝栗、粟、大豆、小豆を炊きこんだ物でほんのりと甘い香りがする。
悪兵衛は女に礼を言ってかき込んだ。
「うまい。うす味でうまい。」
「少し食わせろ。」
「だめだ。自分で頼むがよかろう。陰足は茎を食え。」
悪兵衛のひどい物言いに朧丸はすこし笑った。
盆に桐の葉が一枚、落ちた。
「あの者は、俺の五つ上で幼少より共に育ち、世話になった。」
朧丸はぽつり、ぽつりと香車の事を語った。
「姉のように側にいた。生まれついての忍び故、その生涯を閉じる事に
なったが。」
「美浪という侍と会い、初めて見せる表情をしていた。」
「しあわせだったのであろう。」
悪兵衛は朧丸の横顔を見つめている。
「朧丸、お主は俺と年はちがわねど、一党の長なのか?」
部隊の内情を問う悪兵衛の表情を見、一瞬考えたがため息交じりに
朧丸は答えた。
「いや、長の一子という立場だ。」
「そうか。では将来、一族隠密を束ねていかねばならんのだな?」
悪兵衛の問いに答えず、空になった椀を盆に置く。
「兄がいる。」
「長を兄が継いだら」
「俺は、隠密も侍もない世界が見たい。」
朧丸のつぶやきを聞き、悪兵衛は街道筋の先の水平線を見つめる。
「戦が終わったらば、か。」
「今の俺には不知火でやらねばならぬ事がある。」
「斬らねばならぬ者がいる。」
しばし若い二人は黙り込む。
非対称戦争に参加する、あまりにも、あまりにも厳しい重責が
あった。
やがて二人は立ち上がり、それぞれ別の筋に歩を向ける。
街道に涼しい風が吹き渡り、旋風が土を巻き上げていた。
桐一葉 了




