十
(見回りは右回り、南側の廊下を進んでおります。)
(侵入する。)
美浪の伝達により刑部と悪兵衛は明かりの無い無人の廊下を
進む。朧丸が南の廊下の先、中間部屋との渡り廊下に
仕掛けをしているのが見える。
宗波を使役している最中の美浪は、薄目を開け、眉間より小さな
白い焔が燃え上がり、声の波と揺らぎが同調しているように見える。
香車は美浪の横顔を見つめながら、本閥の侍の異能の力に
端倪すべからざる思いであった。
すべてが打ち合わせ通りに進んでいると思いきや、
五条邸の奥の間が開き、浪人姿の者が現れる。
(弥者が一名、渡り廊下に向かっております。)
(朧丸は見回りの中間を足留め、渡り廊下にて妨害工作。美浪は香車と
弥者を討て。これにて伝送を終わる。)
刑部の確固たる思考の波が伝えた。美浪は剣を振り、宗波を切る。
櫓を降りた二人は廊下を進み、弥者へと向かっている。
「香さん、俺の戦闘で弥者の破常力を見極めてください。」
「俺が死んだら、それを刑部殿と悪兵衛に伝えてください。」
にっこりと微笑んだ美浪の瞳を、香車は見つめ、うなずいた。
豪奢な金の襖絵が続く廊下の先、行燈に照らされた浪人姿の男が
佇む。ゆっくり手元の刀を抜いた。
「何者だ。」
膝たちになり、吹き矢を構えた香車を美浪は手で制した。
「吶喊白兵衆参、不知火。美浪結宇大尉である。」
「弥者と見受ける。ここはお前たちのいてよい場所ではない。」
魁音刀、馳駆紫を引き抜くと白い火花が舞い、床におちて爆ぜた。
「ビャッコのワリビトか。一人で現れるとは。ヤシャショウライ」
浪人は呪詛を放つとこめかみより長大な角が現れる。肉体の変化は
ないが暗い廊下の先に赤茶色の瞳が肉食動物の瞳孔のように光る。
「ム モ レ ギ 」
弥者は言葉を発しながら斬りかかる。美浪は事もなくその袈裟切りの
死角に身体を反らせて避け、右薙ぎを身体を回転させてかわす。
魁音刀はまだ地を向いている。
弥者は歯をむき出して突きにくるが美浪はややゆっくりした動作で
刃を立て、金属音を立ててその軌道を反らす。よろよろと弥者は
進み、美浪と位置を入れ替えた。
このやりとりで、美浪は相手の力量を図っている。
道場剣法にやや実践の経験がある程度、必死に一本をとろうとする
浅ましさすら感じる。ならば、相手のその意思を逆手にとるまで。
上段で斬り付ける弥者の剣を受け、やや引き気味にはねのけると
そこに嵩に懸かるように二撃、三撃目を打ち込んでくる。
香車は劣勢に立たされている(ように見える)美浪を必死の形相で
みつめている。
「定璧」
美浪は静かにいって剣を振り一歩下がる。八双に構え、突っ込んだ弥者の
腰部から腹まで衝撃が襲った。魁音撃が炸裂している。
「定壁」とは、基本の魁音撃の一つで、射出した衝撃の塊、通称爆壁を
その場に一秒から二秒留まらせる技である。
通常より強力な魁音撃の習得の為の前段階として学ぶ技ではあったが、
美浪の冷静な判断により弥者は出現した爆壁の中心に自ら入ってしまった。
分断された弥者の上半身がごとり、と音を立てて床に落ちる。
うつ伏せのまま、腕をもがいているが、やがて動きは止まった。
美浪は香車にうなずき、魁音刀を鞘に納めた。その瞬間、弥者は腕だけで
跳ね起き、髪留めを投げ打った。
香車は身を挺して美浪の背後に立つ。その肩口に小さな髪留めが刺さった。
「ヤシャビト 栄 あれ」
弥者は満足そうな笑みを浮かべて再び伏した。魁音撃の侵蝕が首まで
進み、白煙を上げている。
肩口に刺さった髪留めを香車は引き抜くと、その小さな傷は桶に落とした
墨汁のように広がっていく。
「香さん」
美浪がその肩を支えた瞬間、香車の白目まで黒く染まり、やがて人型の
炭の塔になった香車は崩れ落ちた。
「一太刀でも当てれば、対象を砂にして滅する破常力であったか。」
美浪は手から流れ落ちる黒い砂を握りしめる。
ほのかに、香の温もりが残っていた。
*
刑部は奥の間の板戸をあける。
美しい襖絵に囲まれた広々とした部屋に御座。それに御簾がさがり
四方に大小様々な形の燭台が置かれている。
無数の蝋燭の灯に照らされた間は異質な別の空間のようであった。
数珠を下げた大柄な僧服の男がゆっくりと立ち上がる。
御簾の奥には女性らしい影と中央に座し、微動だにしない男。
「ヤシャショウライ」
女と僧形の男が同時に呟いた。
僧服の前を肌蹴け、赤銅色の肌が露わになり全身に渦のような入れ墨が
浮き上がり、頭頂より短い角が二本伸びる。御簾の奥の女の影にも長大な
角が浮かび上がり、立ち上がって手元に筝を構える。
「宣戦布告」
「本土決戦軍閥師団、吶喊白兵衆参。不知火。」
「織田刑部准将である。」
「同じく、播磨悪兵衛少佐。」
悪兵衛が戦旗を畳に突き立てる。白い焔が吹き上がる。
「幕閣の要人暗殺を認め、ここに報復する。」
「いざ尋常に勝負」
「勝負。」
二人の大音声が響き渡り、左右の襖が次々と破裂するように破け
調度品の玻璃が割れた。
御簾の奥の女が筝を一音奏でた瞬間、悪兵衛が合掌する。
「阿環 址間」
「刃羅 別那」
刑部は悪兵衛が真言を唱えながら言霊で放出しているのを感じる。
それは「士魂を高めながら消費し続ける」行為であり、通常意味が無い。
が、すぐに自らも悪兵衛と合わせて真言を唱える。
「聡羅刃 波螺邪弥」
「苦羅斗羅 阿環邪」
「刃羅 別那」
「刃羅 別那」
侍達の全身が震えるような言霊を受け、僧形の男は二歩、後ずさって
膝をついた。女は筝を奏でながら声を発するが、侍の真言に途中で
かき消されてしまう。
悪兵衛は額に汗を浮かべながら真言を唱える。
御簾の奥の女の姿を見、立ち上がり筝を構えた瞬間にユウギリノヌシで
ある事を看破していた。
下束村全滅事件で、破常力による状態異常の攻撃を受けていてから
その反撃を模索していた。それがこの、「真言を言霊として飛ばし、破常力
を相殺、もしくは圧倒し消滅させる」戦技であった。
刑部は一瞬でそれを洞察し、悪兵衛と共に真言を放ち始めたのだ。
ユウギリノヌシは筝を奏で発しても、次々と消滅させられてしまう自らの力に
恐慌をきたし始める。が、拮抗しているこの状態は自らの力全てを使役しても
背後の男が居るという自信が支えている。
襖の奥の廊下より美浪が現れ、悪兵衛と刑部の背後に立ち、真言を唱え始めた。
「刃羅 別那」
「刃羅 別那」
「明、生、流、巌、心」
三人の言霊が一つになり、ユウギリノヌシを圧倒した。
喉奥から血の塊が噴き上がり噴水のように吐血する。美しい装飾の筝に
鮮血が降りかかる。ユウギリのヌシは喉を抑え、御簾の左からよろよろと
現れ、奥の壁に触れる。音もなく壁は開き、暗黒の入り口が生じる。
「悪兵衛、あれはユウギリノヌシだな。」
「は。間違いありません。」
「悪兵衛、美浪、追って斬れ。」
刑部から短い指令が下る。国造が振動し、それを抑えるように刑部が抜く。
白い火花が冷静な表情を照らす。
「士魂と剣。」
「士魂と剣」
三名は言葉を交わし、悪兵衛と美浪は破双で扉の奥に消える。
二本角の僧形の弥者はゆっくりと立ち上がった。
「我はソウケンノヌシ。ヤマトビトの宣戦を受ける。」
「我が眷属と主に誓い、ワリビトを討つ。」
ソウケンノヌシと名乗った弥者は無手のまま、刑部に相対する。
その瞳は赤く濁りながら、武道の達人特有の強い光を発している。
刑部は魁音刀を下段に構え、じっとソウケンノヌシを見つめる。
御簾の奥の男は微動だにしない。
「タ タ ラ タ マ」
「射刃」
二人は言葉を同時に発した。刑部は斬り上げる。薄く鋭い魁音撃が
畳を切り裂きソウケンノヌシに肉迫し、その胸元に接触した瞬間に
ソウケンノヌシを中心に衝撃の球体が発生し、射刃の破壊の力は
霧散した。
ソウケンノヌシは両手を十字に組み、その中心には薄く黄色に光る
渦が発生している。やがて腕に吸い込まれるように消えた。
刑部は再び射刃を打ち込み、破双でその場を下がる。
二撃目をわけもなく破常力で受けたソウケンの腕が、さらに刑部が
射出した射刃に切り裂かれ、首が飛んだ。
魁音撃すら無効化する防壁の破常力と踏んだ刑部は、その効力が
一定時間で消滅する瞬間がある事を看破し、その刹那に合わせて
射刃を二撃打ち込んだのであった。
白煙を上げながらソウケンノヌシの首の無い身体は倒れた。
刑部は、部屋に突入した時から、本当の敵の存在を感じている。
理間に見られる特有の予知のような能力かもしれない。
三名の不知火隊士を全滅させる事はあってはならないと考え、
ユウギリノヌシ討伐を若い悪兵衛と美浪に任せた。
それ程、御簾の奥に座している男は脅威であった。




