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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
69/210

七



行燈の灯った寝室で、織田刑部は魁音刀、国造(くにつくり)を抜いた。

小さく白い火花が奔る。重い刀身が刑部の士魂に反応している。

現在不知火の標準装備となっている馳駆紫の一世代前の魁音刀であり、

その取り回し、重量の悪さから不知火で使用しているのは刑部だけである。

枕元にそれを置き、横になった。

理間の発動特有の全身の硬直と落下間に襲われ、意識を失う。


眼前に光景が広がっていく。

青い山々に星、月。吹き抜ける風。

刑部は稜線を目で追う。そのふもとに無数の篝火が焚かれ、

移動する松明が見える。

「戦(いくさ)。いつだ。」

月の位置を確かめようとし、刑部は星空を見て息を飲んだ。

「いや、ここは何処だ?」

見慣れた星々は消失したように見える。

ようやく見つけた鼓星は、完全に逆さの配列になっていた。

光景が山の麓まで一瞬で移動し、松明を持った鎧武者達の中に

入っていく。篝火に照らされたのは重装備の本閥の侍達であった。

前方に戦端が開かれ、遠く怒号が響き、陣太鼓が打たれている。

山岳の稜線や背後の平原、植物、月の位置を詳しく観察しても

頭の中に入っている軍略図に当てはまらない。

「日の本ではないのか。」

刑部の額に脂汗が流れた。目をつぶり意識を集中する。

視点が上空に上がっていく。俯瞰で大地を見下ろしている。

先遣隊が激しく攻防を繰り返す中で明滅する白い光、青い光、赤い光。

魁音撃が何度も炸裂している。

間違いなく本閥と弥者の全面戦争であった。


眼下に広がる戦場を見つめながら、その映像を挟んだ先に、

一人の男が腕を組み同じように見下ろしている。

「ヤマトビト、このうつつが見えているのか。」

深く、低い声が響いた。男の影は見えるがその様相はわからない。

「何者だ。」

刑部の誰何に答えず、男はじっと戦場を観察している。

やがて、戦場に白い光が出現し球状に広がっていく。

その眩しさに手をかざし、目を凝らすと戦端で広がった白い光は

両軍の兵士を巻き込みながらひと際大きくなった後、消失した。

その跡には巨大な円形の焼け野原が広がり彼方此方で野火があがる。

「これは…閃爆か!」

刑部は恐怖の記憶と共に我知らず叫んだ。

「閃爆、と呼ばれているのだな。」

「お主、弥者か。」

一瞬の白い光に浮かびあがった男には長大な角が生えていた。

「これは我らの王の怒り。神の力。ホムラノシシクである。」

視点が下がっていくと、閃爆の中心は巨大な噴火口に様な孔が開き、

焦土と化した大地に生物は残っていない。

中心から外れると燃え落ちた炭が放射状に連なっている。

すべて兵士の遺骸であった。

刑部は目をつぶり、大きく息をついてから正面の男に向き直った。

「この戦場は、お前達の本拠地だな?」

正面の男もじっと刑部を観察しているようである。

言葉には答えず、低く、笑った。

「ヤマトビト。」

「いや、人間と云おうか。私と同じ力を行使する者がいるとは。」

光景が徐々に闇に包まれ落下感が襲う。自らを時間と空間に繋ぐ糸がほぐれ、

消失した肉体が再生していく。刑部は理間の途切れを感じた。


目を開けると、すでに障子が朝焼けで紅に染まっている。

からすの声がけたたましい。

ゆっくりと起き上がり、全身の冷たい汗に気づいた。

「理間で知り得た情報は」

「一つ、全面戦争が行われるのは日の本ではない。」

「一つ、その際、閃爆が行使される。」

「一つ、私と同等の能力を持つ者が弥者にいる。」


寝室の前でまんじりともせず、夜を明かした悪兵衛と美浪は

刑部の息遣いを感じ、胸をなでおろした。


山菜と油揚げを煮込んだ雑炊をゆっくりと刑部は咀嚼している。

顔色が元に戻りつつある。

悪兵衛と美浪は朝餉を共にしながら、刑部の言葉を今か今かと

待つ。

「刑部殿、理間の顕現内容は秘匿されると伺いましたが」

「本件に関しての映像は。」

「残念だが、直接は無かった。」

空になった椀に白湯を注ぎ、目をつぶって飲み込む。

「これは口伝にてお頭に報告する取り決めになっておる故、

書を作成する事もない。飯を終えたら少し寝るぞ。」

悪兵衛と美浪はほっとした表情で雑炊をかき込み、意識を

擦り減らした一晩分の眠気が襲ってきている。


*


午後の遅い時刻、神明流光陽館の道場主、鴨川弦斎が

訪ねてきた。手には詫びの風呂敷包みを持っている。

五十がらみで揉み上げが白く、厳しい視線の峻厳な容貌の

男であった。

まず、師範代の非礼を深々と詫び、包みを差し出す。

中身は、迷惑代としての金子である。刑部は無言で受け取った。

放逐された者、懲罰を受けた者の話をしばしした後、手打ちと

いう事で冷たい酒が振る舞われた。


武道家同士の凝り固まった空気が弛緩された頃、鴨川は

刑部にひとりごちるように言った。

「最近のお上の所業は首を捻る事ばかりで。」

刑部は静かに酒を舐めながら聞いている。

「道場生の名簿と出自を詳しく記した物を提出し、お上の決めた

規範によって道場の規模で人数を調整せよとのお達し。」

「軍縮を目論んでの事でありましょうな。」

「太平の世とはいいながら、弥者、狗族の討伐は戦と同義であります。」

「強い侍を送り出すは我が使命と思えばこそ。」

鴨川の厳しい表情の中に強い怒りが見て取れる。

「織部殿はどのようにお考えか。」

「剣を軽んじ、金と保身の為に軍を縮する輩は、これを国賊と考える。」

「天誅を下すべきでしょうな。」

刑部は殊更に国粋主義を装ってみせる。美浪はその物言いに気づき、

眉を寄せる。刑部の真意をわかりかねていた。

悪兵衛は呑気にだされた牛蒡を揚げた菓子を食べている。

しばし話した後、鴨川は刑部に折いった話しがある為、人払いを頼んだ。

奥の間に二人を残し、東の間にて悪兵衛と美浪は刑部を待った。

一刻程話し込み、鴨川弦斎は退去していった。


「手がかりを得た。鴨川は武闘団と関わりがある。」

刑部は二人に事も無く言い、酒を飲みほした。


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