六
翌日より、再び刑部と悪兵衛は道場を巡った。
美浪はさらなる情報収集と共に、出奔した武芸者の身辺調査を行う。
隠密の女から指示のあった雑貨屋に向った。
小物を扱う大店でかんざしや半襟を選ぶ年若い女性達で溢れている。
美浪は店に入り見回した後に奥にたたずむ町娘に向かった。
「やあ、香さん。」
平々凡々とした若い娘は驚きの表情を美浪に向けている。
うらぶれた遊女姿であった隠密部隊月光の工作員、香である。
「美浪さん、よくわかりましたね。」
「それはわかるよ。香さんは香さんだ。」
にっこりと微笑んだ美浪の優しい表情を睨み、小声で告げる。
「なにか、技を?」
自らの扮装技術を疑わない香は食い下がる。が、美浪は知らぬ顔で
小物を手に取って眺める。
美浪結宇は、「浮環」と呼ばれる常時発動型の魁音撃を飛ばしていた。
これはわずかな士魂の消費により、自らの付近にいる者の士魂の有無、
破常力の有無、大まかな戦闘力を推し量る事が出来る戦技である。
特殊な能力ゆえ不知火でも美浪しか使役する事は出来ない。
別人にしか思えない香を同定したのもこの力であった。
「武芸者とその許嫁?」
「ええ、妻も共にという話もあるんです。」
「行方知らずになったんですか?」
香が丹念に出奔した者を身辺を調査した所、何人かが
その近しい者と共に行方知らずになった事を伝えた。
二人は小物を選ぶ男女の関係の体をとりながら小声で話す。
傍から見れば内緒話で睦み合っている様であった。
「その方達に共通点は?」
「身分も、立場も、ばらばらです。熱心に道場に通っていたのは
みな同じですし。独り者ではなかった、くらいです。」
「その後の足取りは?」
「わかりません。」
二人はその後いくつか言葉を交わした後、美浪が飾り櫛を
香に買ってやり、男女の仲を装いながら店を出た後、別れた。
同様に若い男女が店の中で談笑しながら小物を選んでいるのを
一瞥し、美浪は繁華街に向かう。
*
内偵調査で三日費やしたが、それ以上の情報は得られなかった。
それでも精力的に侍達は動いている。
その日の朝餉で悪兵衛は恐る恐る刑部に尋ねた。
「刑部殿、食事に手を付けぬのはお身体の具合が?」
すでに刑部が食を断って四日経っている。やや頬がこけ顔色が悪い。
「そうではない。今夜「理間」を行う。」
「それは」
悪兵衛と美浪は顔を見合わせ箸をおいて姿勢を正した。
「夜まで武道場にて黙想し今夜半に決行する。お前達には見せるのは
初めてだが、完全に無防備な状態になる故、理間顕現中の守護を頼む。」
「は。」
二人は深く頭を下げた。緊張で表情が硬い。
情報収集の任を得た二人は歓楽街に続く裏通りを歩く。
人影はまばらでぽつぽつと開かれている飯屋への出入り位であった。
焼いた魚の匂いに悪兵衛は鼻を鳴らしている。
「理間の警護か。責任重大だ。」
美浪がつぶやいた。
「どのような状態になられるのだ?」
「聞いた話だが、顕現中は前後不覚に陥り、仮死状態に近いらしい。」
「解除されるまで昏睡が続く。」
「その間に襲われたらひとたまりもないという事か。」
「うむ。それゆえ刑部殿は努めて遠征しないようにされているが、
理間の発動自体が不確定ではな。この度のように、発動間際で自覚症状が
現れるというが。」
織田刑部の行う「理間」とは、時空超越遠隔透視である。
本土決戦軍閥師団、四軍中ただ一人しか使えない魁音撃がいくつか存在する。
「魁音唯技」と呼ばれるその技は特殊な能力を持つ事で知られ、
刑部の理間もその一つである。
四か月に一度程無意識に発動し、その予兆は顕現前の数日にしか感知できない。
自ら、不知火、本閥、日の本に迫る危機を時間と空間を超えて
鮮明に視る事が出来る。
戦争自体の趨勢を握る能力である為、不知火隊内でのみ知られ、
絶対の秘匿とされていた。
「おい、中山。」
髪を結わえ、粗末な道着を身に着けた朧丸が立っている。
みるからに若いながらも食い詰め浪人姿である。
「悪兵衛。」
美浪が小刀の柄に手をかけて髪の毛一本分程、抜いた。」
「大丈夫だ。陰足だ。」
悪兵衛は美浪の肩に手をかける。
「あれは相当だぞ。仕合うのはかまわんが、負傷するなよ?」
美浪に笑いかけて朧丸と連れ立って歩き出す。
「お前たちを襲った金澤一派が道場を放逐された。」
「神明流光陽館の道場主、鴨川弦斎が戻った。かなり
厳格な人物のようだ。」
「そうか。ここ最近の行方不明者の足取りはわかったか?」
「そんな事より、金澤の報復を警戒せんでよいのか。」
「奴は二度と現れぬだろう。武士が刀を捨てて火筒を用いる等
言語道断。もう奴に魂はない。」
堀に沿ってしだれ柳が連なっている。
中天の白い陽をその木陰で避けながら二人は小声で語る。
朧丸はしばし考え込んだ。
「どうした?」
「これはお前の隊規から見て答えずともよいのだが」
「美浪という侍。奴は何か暗示や催眠を用いるのか?」
「いや、特殊な魁音は使役するが、そんな能力はない。」
「そうか。」
「なんだ。何が気にかかる。」
「どうも、手下の者が美浪と接触後、精神状態がおかしい。」
「どういうことだ。」
「惚れておるようだ。」
「ああ、それはよくある事だ。」
陽気に笑う悪兵衛を朧丸は恨めしそうに横目で見た。
「笑いごとではない。任務に関わる。」
また、隠密の目から見てもここ数日の刑部の憔悴を不審に思い、
問われた悪兵衛も詳しく話すわけにもいかず、言葉を濁した。




