五
夜、逗留する小館流の屋敷の一角にて不知火の侍達は情報の交換を行っている。
「隠密の接触があった。京の大手の道場にはそれぞれ潜入し内情を探っている。」
「今後、動きがあった場合道場生を通じてこちらに伝手を送る。」
湯気をあげる焙じ茶を刑部は一口飲んだ。
「では水明館にて?」
「うむ。書生の宮本何がしが隠密だ。」
悪兵衛は眼鏡をかけた穏健な男を思い出す。二人を案内し、館主尾形にも
重用されているように見えた。隠密の組織力に舌を巻く。
「こちらがくのいちの陰足より預かった、失踪者の名簿です。」
美浪が書付を広げる。大小様々な道場より、出奔した者の名と日付が
記されている。いつ頃から武闘団への加入が始まっているのかは
定かではないが、記録を始めた二年程前からだと、ここのところ半年の
間に増加の傾向にある。
「悪兵衛が接触した者は。」
「情報をもたらされました。ここ数日我らを観察し、尾行している者達が
います。神明流光陽館の道場生です。」
「ほう、気づかなんだ。そうか、逆恨みしたな。」
「はい、我らの口より道場の悪評が上がる事をよしとせず、襲撃計画を
立てていると。」
「よし、では奴らの襲撃計画と決行日を予想せよ。」
悪兵衛と美浪はしばし考え、悪兵衛が口を開く。
「神明流を打倒して本日で二日。師範が出稽古より戻るのが週末との
話しでしたので、おそらく人を集め三日から四日後、路上で襲撃を企てているの
ではないでしょうか。」
続いて美浪も自らの考えを話す。
「悪兵衛の実力を一枚目をぶつけてよくわかっているはず。師範の戻りを待ち、
改めて歓待すると見せかけて道場で毒を盛るか、不意打ちで襲撃を。同じく
三日か四日後と。」
刑部はうなずきながら、湯呑を膳に置いた。
「神明流の目的は、流れの武芸者の我々に敗れ、評判を落とされるのを
恐れての事だ。武芸で上に立つ事ではない。」
「また、本日我々は名高い心揮流の門を叩き、これを破った。詮索していた
神明流はこれをも知る。」
「襲撃は今夜、もしくは明日だ。」
刑部の言葉に二人は表情を引き締める。
「美浪、大宮殿の警護にあたれ。」
言葉を聞くなり美浪は木刀を持って退出した。
悪兵衛は行李より襷をだし、静かにかける。
刑部は文机に向かい、報告をしたためる。静かな時間が流れた。
やがて、屋敷の表門から怒号が聞こえる。
殺到する足音が聞こえ、奥の間と中庭を結ぶ襖が乱暴に開かれた。
松明を掲げた覆面の者達が刑部と悪兵衛の姿を認める。その数六名。
冷たい音をあげてそれぞれが白刃を抜いた。
足元を固めた草履が土で畳を汚す。
刑部が手元をみつめ、書をしたためながら静かに言った。
「一人残せ。色々聞かねばならぬ。」
「御意。」
悪兵衛はゆっくりと立ち上がる。
覆面の男は刀を振り上げたと同時に、部屋奥から飛び出した悪兵衛の
突きによって吹き飛ばされ、悶絶する。喉をつかれ口から血を吹き出す。
覆面の男達から気合声と怒号が飛び出し、悪兵衛に打ちかかる。
破双で飛び出した悪兵衛は塀を背にして白刃を木刀で受け、返す刀で男の
腕を撃つ、剣の振りの速度が根本的に違っている。男達は悪兵衛の木刀に反応する
事が出来ない。
両腕を折られた男は悲鳴をあげてのたうち回っている。
「師範だ。師範をやれ」
覆面達の最奥の男がかなきり声をあげた。他の者達は踵を返し、母屋に向かう。
悪兵衛は静かに息をつき、変形上段に構えた。
「射刃」
声と共に魁音撃を繰り出す。激しい振動と破裂音と共に木刀が粉々に砕けた。
衝撃の塊がうねりながら走り、背を向けた覆面達に炸裂する。
三名が全身を貫く破壊の力に一瞬で貫かれ、意識を失って倒れた。
悪兵衛は縁台にあがり、刑部を背にするように立つ。
襲撃者の残りは指示を出していた男が一人。動揺と恐怖が見て取れる。
刀を持つ手が震えている。
男は懐から火筒を取り出した。管打ち式の短銃と呼ばれるもので、
複数の弾丸を装填している。
男は刀を放り出し両手で短銃を握り、悪兵衛とその同一直線状にいる
刑部を狙った。
悪兵衛は無造作に部屋に戻り、木刀の小刀を持ち現れる。
刑部は書類の作成を続けている。
「悪兵衛、ここに署名せよ。」
まとめた報告書の連名欄を指定する。
「は。」
悪兵衛は刑部の隣に座り、筆をとる。
短銃を構えた男は侍の不可解な行動に驚愕しながら、一歩、また一歩を距離を詰め
二人の殺傷を確かなものにする。
乾いた音が鳴った。銃口から火柱が上がる。
刑部は少し顔をあげる。悪兵衛は机に頭をさげた。
その間の空間の先、柱に弾がくいこむ。
覆面の男は大きく息をつき、震える手を止めようとする。
もう一度狙いを定め引き金を引いた。
悪兵衛は顔を上げ、刑部は微動だにしない。
悪兵衛の額のあった場所を弾丸が通り抜け、壁に当たって爆ぜた。
「よし。」
刑部は書付をもう一度点検する。悪兵衛は立ち上がり、
短銃を構えている男に無造作に近づいていく。
「殺してはならんぞ。」
刑部の静かな声が響く。
襲撃者の首領は神明流の師範代、金澤宗右衛門であった。
泣く泣く、師範の居ぬ間に後れをとり、立ち合いに応じず
餞別として賄賂を贈り、刑部に拒絶された事、諸々の事実が外に漏れたとき
自らの立場を危惧し、襲撃計画を立てた事を告げた。
年老いた大宮清秋を与し易しと見て、差し向けられた二名も美浪に手もなく
打ち倒されている。
師範が戻り次第、事実をすべて話すように刑部にくぎを刺される。
「さもなくば、我ら今一度神明流光陽館の門を叩く所存。」
刑部の言葉に心底恐怖し、金澤は怪我人を引き連れ、這う這うの体で
逃げ帰った。
優男の美浪の洗練された撃剣を目の当たりにした大宮清秋は、
いまだ興奮さめやらず、槍を持ち出してきた所を優しく留められている。




