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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
65/210

三


その日、刑部と悪兵衛は三軒の道場を巡り、道場生もしくは師範を

打ちのめした。いずれも神明流と同等の中堅どころの道場であり、

荒らしたとて、それ程噂にならない道場を刑部は選出した。

じわじわと剣名が広がる事を目的としている。


隠密より不知火に報告があったのは、幕閣の人間が襲撃され、

その中に弥者がいた、という事件であった。

反幕閣勢力がこの地で形成されつつあり、その構成員は浪人、道場生、

武家の子息という事が判明している。

剣術道場の腕自慢が突如行方不明になり、武闘派の勢力に加入している。

刑部、悪兵衛は内部から探る為あえて道場破りを敢行していた。


夕刻、小料理屋で合流した三名は報告と食事を共にする。

「襲撃された幕閣の者とは?」

「高家衆の方だそうだ。和平派だな。武闘団は、幕閣内での和平派への

天誅を謳っている。そのような事を口走ったそうだ。」

「弥者、狗族との戦争反対派の要職の方を襲っていると?」

「そうだ。」

刑部は酒で口を湿らせている。悪兵衛は鯖の押し寿司を口いっぱいに

詰め込み、喉を詰まらせて蛤の汁をすする。美浪は報告を終えるまで

食事には手をつけていない。

「では、戦争を止めようとしている人々を襲った者の中に弥者がいた、と。」

「その矛盾を調べねばならぬ。」

美浪は丸一日、聞き込みで得た失踪した人々の書付を広げ、現在わかっている

消息とその人となりを報告した。

「失踪した道場生は、やはり腕利きの者ばかりでした。中には師範代まで

おります。夜ごと酒場で幕政に異議を唱える威勢のいい連中だったようです。」

一通りの報告が終わり、美浪が箸をとる。

「美浪、今日一日で道場周りの飯屋を周って、その度に食事を

とったんだろう?」

「ああ。何も食わずに話だけ聞くのはおかしかろう?」

「何件いったんだ?」

「九軒だな。」

悪兵衛との会話を意にも介さず、鯖寿司に手を付ける美浪。

ほっそりとした体型ながら底なしの腹を持っているのは隊でも

有名であった。刑部は微笑しながら酒を飲みほす。

「よし。では今より頼むぞ。」

「は。」

美浪は熱い茶で寿司を喉に流し込むと剣を持って立ち上がった。

いまより酒場を巡り、夜半まで聞き込みを行う。食事と共に酒も美浪は

うわばみであった。

「よく食う悪兵衛も美浪には叶うまい。」

「はい、奴は腹に穴があいていて、どこかに食い物を捨てていると噂が。」

悪兵衛の言葉に刑部は笑っている。


*


仕事明けの藩士と浪人、武士でにぎわう居酒屋を美浪は巡る。

目星をつけた威勢のいい者達に酒を奢り、藩政、幕閣への不満を聞き出す。

様々な意見具申に尤もらしく頷き、聞き入る振りをする。

涼し気でありながら、微笑みは暖かい美浪に、屈強な男もつい心を許してしまう。


夜半、飲み客から噂を聞いた反幕閣の武士がよく集まる酒場を尋ねる。

立飲みと小上がりの小体な店で、粗末ななりの武士が多い。

酒を頼み、それとなく客の人相を確かめる。酔って声高になにか叫んでいる

小上がりの三名をじっと見つめる。

そこにとっくりと猪口を持った女が隣にたった。

「どうぞ、おひとつ。」

勝山髷に着流し姿、化粧が崩れた遊女風の女であった。

「かたじけない。」

美浪はにこりと笑って一息に飲み込んだ。

「あら、おつよい」

女は甲高く笑う。美浪は奥の小上がりの三名を見つめながら適当に

相槌をうつ。だが、その視線が女の指先で止まった。

女は卓に溢した酒を指でなぞり、不知火の紋章を描いた。

またその隣に三日月の文様を示す。

(隠密か)

美浪の表情が一瞬引き締まるが、目を落とし、また柔和な表情に戻る。

「美浪結宇と申します。」

「存じておりますのよ。香(かおり)、です」

香と名乗った女は濃い紅を引いた唇を開き、酒を流し込む。

「よくぞ、一日でこちらをあてましたねえ。」

「棒振り同士は心を許すのが早いんですよ。」

「まこと、女の身ではなかなかお侍と仲良くなれなくて。」

調査に女を使うのは隠密の常とう手段ではあったが、今回はそれが裏目に

出ているという事だった。情報の交換の為、香はあえて美浪に接触してきた

のである。

「我々一門の事をご存じで?」

「ええ。今後皆様にそれぞれ。」

目立たぬ様、不知火の侍達それぞれに接触を図るつもりである。

恐らく香のように町人に成りすまし、情報交換や手助けを行うという

目論見であろう。悪兵衛が勘違いせねばいいが、と美浪は考えた。

「強いお武家さまがこちらに集まると聞きまして。強い人好きなの。」

「うん。お強い方には出会えましたか?」

「それが、なかなか。でもね、知り合った方、書付にまとめますので

明日にでもお渡しできる?」

「それは嬉しい。修行中の身でありますので助かります。」

情報を与える故、これ以上ここでの聞き込みは危険だから手を引けという

意図を感じた。すぐに酒場を引き払う。

後ろ手に、下卑た声と香の甲高い笑い声を聞きながら闇夜を歩み始める。


「月光も出張ってきているのか。弥者絡みは確定しているという事だ。」

美浪は改めて表情を引き締めた。


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