一
日の本の首都、東京。その中心近くの番町と呼ばれる一角に、
小舘流道場とその館主である大宮清秋の居がある。
内偵活動を行う不知火隊士は、身分を隠しその一角に間借りしていた。
「織部石秀斎でござる。」
頭をあげたのは付け髭を揺らす織田刑部である。
茶の帷子に濃紺の小袖、軽衫袴といかにも剣術の師匠といった
いで立ち。その背後に若者が二人控えている。
「これなるは、高弟の中山、南。」
「中山安久兵衛でござる。
「南彦衛でござる。」
悪兵衛と美浪であった。
「大宮でござる。我が道場に逗留して頂き光栄に存ずる。ぜひ大いに
練磨して頂きたい。」
白髪に長い顎鬚の大宮清秋は隠居して永く、三名もの食客の訪れに
相好を崩している。
あてがわれた居間にて、刑部が書類に目を通している。
対面して悪兵衛と美浪が出された茶に手をつける。
「刑部殿が内偵とは。」
未だ驚きを隠せない美浪に対して、悪兵衛は気楽な表情で湯気を立てる
茶をすする。
「我等の立てた内偵行動に、適任がいなかったのだ。隊士で老いた剣術師範
を出来る者がいるか?」
「それで灰音殿が刑部殿を指名されたのですね。」
「うむ。元々この実施要項の草案は章雪がたてたものだしな。」
悪兵衛は皿の上の大きな豆が入った大福を手に取り、むにむにと
咀嚼している。
「お、これは。豆は塩味で大福は甘い。」
「おい、気が緩んでるぞ。」
美浪が笑いながら大福を手に取った。
「当たり前だ。刑部殿がいてもらえれば。あとは自らの仕事をするのみ。」
悪兵衛は呑気な表情で二個めの大福に手をつける。
「これ、悪兵衛。逗留中も手習いはするからな。天源先生にたっぷり宿題を
頂いてきたぞ。」
悪兵衛は大福を咥えたまま、後ろに転がり呻いている。
荷物の整理が終わり三人は連れ立って道場の裏手にある
八幡神社を詣でた。この番町は日の本軍の宿舎が多数あり、それと共に
五十を超える剣術道場があった。軍都といってよい。
道ゆく者も二刀を差し、肩で風を切るように歩いている。
織田刑部は隠居した剣術師範というには若いが、その思慮深い眼差し、
落ち着いた風貌、威厳は師といって違和感がない。
悪兵衛は紺の蚊がすりの七分丈の袖から太い腕を伸ばし、
腰の安物の刀に手をのせて歩く姿は、まずその弟子に見える。
異質なのは美浪結宇大尉であった。
年は悪兵衛の四つ上の二十一、黒々とした髪は高結びの髷で結わえられ、
白い細面に切れ長の瞳が大きい。やや中性的ともいえるが、その体躯は
細いながらも強靭さを感じさせるきびきびとした動作で洗練されている。
町行く女性は老いも若きも、一様に美浪に見惚れる。
三名は参拝後、名うての道場をいくつか見て回る。
剣戟の音や怒号が響く大道場には見物人がたかり、子供から大人まで
その激しい応酬や技に声を上げて応援している。
この町の人々の楽しみでもあるようだった。
悪兵衛は道場内を見、また周りの人々を観察する。刑部は美浪にそっと
耳打ちをした。頷いた美浪は見物している若い女性二人組に声をかける。
目当ての剣士を見に来ているのであろう、その手合いは多かった。
町娘らしい二人は美浪に声を掛けられ、最初こそ驚くものの、
やがて頬を染めて笑顔で話し始める。そうなると話はとまらず、美浪は
二人を伴い、向かえの茶屋に入っていった。
「さすがだ。」
「我々には出来ぬ芸当だな?悪兵衛。」
刑部と悪兵衛は次の道場を目指して歩きながら、にやにやと笑っている。




