桐一葉
序
高く白い日差しを避けるように屯所の廊下を悪兵衛は歩む。
内偵の通達後、改めて呼び出される事に違和感を感じている。
が、それもすぐに合点がいった。作議の間より大声が漏れているのだ。
「悪兵衛はわかる。が、美浪が選ばれるのはわからぬ。」
「東京で数多の道場に挑戦とあらば、拙者が是非
拝命したい。」
大声をあげる深町仁悟朗、その隣には畦倉士道。
対するは織田刑部で、苦笑しつつ仁悟朗の弁を頷きながら
聞いている。
「士道も仁悟朗と同様の訴えなのか?」
「はい。」
無口になり、性根を据えた士道は大声をあげる仁悟朗より質が悪い。
てこでも動かない様相であった。
作議の間に入った悪兵衛は困り顔で二人をみつつ、膝をおろす。
奥の間より、灰音章雪が現れた。いくつかの書簡を手にしている。
「悪兵衛には重複するが、本件は日の本の首都、東京にて、剣術道場を
中心に反幕府勢力が形成されるつつあるという情報を得、特別に不知火が
内偵に出張るというものである。」
「我らが侍を出すという事は、わかるな?」
「弥者、狗族が関わっているという事であります。」
「そうだ。だがまだ調査段階であり、慎重に内偵捜査を行わねばならん。」
仁悟朗と士道は仏頂面で刑部の言葉を聞いている。
「章雪。」
「は。こちらに隠密及び東京の奉行所より市井を調査した書簡があります。」
「不知火の隊士に関してです。」
灰音の思わぬ言葉に仁悟朗、士道、悪兵衛は注目する。
「野火の使い手、名は深町何がし。およそ五尺八寸、頑健な肉体に獰猛な顔つき、鬣のような荒い茶筅髷。」
「明星の使い手、名は畦倉何がし。六尺越えの大男。峻険な風貌で、
海草のような総髪。」
刑部が苦笑しつつ二人を眺める。
「お前たちは、名も顔も売ったのう。」
思わぬ話しに二人とも言葉が詰まる。刑部の表情を見て、悪兵衛が
笑いをこらえている。
「旭光の使い手、名を播磨悪兵衛。若い男。」
「悪兵衛殿の情報は宣戦布告時に知れた名前のみですね。」
「よいか。つまり素性が割れているお前達に対し、悪兵衛は名前のみ
で身体的特徴や風貌は知られていないのだ。」
「先ほどもいった通り、今回は慎重に内偵を行わねばならぬ。」
刑部の言葉に二人はぐうの音も出ない。
「美浪の特殊な才については、お前たちもよく知っておろう。」
「あと一名選別予定ではあるが、章雪が選抜しているところだ。」
「刑部殿、適任を見つけましてござる。」
悪兵衛は灰音の表情を見て、隊士も驚く策を用意してきたのだなと
確信した。




