十一
「陽動の指示をした時、斬弾数はなかった筈だ。」
阿修羅の死体を大居藩の兵が見分しているのを見ながら
悪兵衛は二人に語る。
「戦闘中、士魂が溢れた瞬間があった。」
「僕も感じた。それで撃てたんだ。」
「あたしも。」
「なぜだ?」
しばし押し黙る三人。
やがて桃乃介が顔を上げる。目を大きく見開き、震えている。
「随獣は、侍を助けるって。」
「自分の八百万を投げ打って。命を失っても」
「タケルが?」
三人は急ぎ猟師小屋に戻る。
その門の前に、タケルの遺骸はあった。
身体の周りの地面に複雑な文様が現れている。
桃乃介は悲痛な叫びをあげて、タケルを抱き起す。土のついた体には
力がなく、口からは舌がはみ出ている。
桃乃介の涙が、タケルの鼻先に落ちる。
「我らを助けてくれたんだね。」
「遖。」
悪兵衛とバルザックは目を閉じ、静かに手を合わせる。
桃はタケルに額をあてて慟哭している。
「悪の字。」
久世春之丞が声を掛けた。
「戦闘は。」
「春之丞、来てくれたか。なんとか片を付けた。」
春之丞の背後には屈強な環太積の侍達が控えている。
「超大型狗族か。よくぞ三名で。」
「いや、随獣に助けられてな。」
うずくまり、タケルの遺骸を抱きしめる桃乃介を目にして
春之丞は悲痛な表情を浮かべた。
「そうか。葬ってやらねば。」
歩み寄り、タケルの頭を撫でる。
「こやつ、生きておるな。」
三人の表情は固まり、声を出せない。
「八百万をひと時に失い、心の臓を止めておる。」
春之丞は掌をすり合わせ、両手を押し付けるようにタケルの腹部にあてた。
直後、タケルは鼻息を漏らして桃の手からすり抜け、大きく胴震いをしている。
桃に抱きしめられたタケルはわけがわからない表情をしている。
「環太積は随獣ありきの本閥だから、我らの知らない扱い方を知っているんだね。」
バルザックがようやく明るい表情で悪兵衛の肩に手をかけた。
「あんなこどもに助けられたと思いたくないがな。」
悪兵衛も白い歯を見せる。
*
撤収の作業が終わり、村人に見送られながら
三名は地里江村を後にする。バルザックは甕一杯に貰った蒸留酒を
大事に抱え、上機嫌でいる。
タケルは桃に抱きかかえられ、頭をなでる環太積の隊士を威嚇している。
「被害は大居藩の兵士が五名、村人が八名か。」
書付に目を通しながら春之丞は言った。
「初動の遅れもある。が、常駐の兵が皆無であった事が被害を出した。」
悪兵衛は暮れ行く海岸を見つめながら作戦を反芻している。
「俺は環太積、お前は不知火で、この非対称戦争に参加している。」
「本閥としての本分だ。だがそれは一般の藩にとって、神か悪魔と戦っている認識に近い。理解を求める方が難しい。」
春之丞の言葉に目を閉じ頷いた。
「いつ、この戦いは終わるのだ。」
「新型魁音兵装の話は聞いたか。」
「いや、不知火にはそれに対応する人員はいないと聞いた。」
「それが鍵を握るらしい。」
星が瞬き始めた空の下、かがり火に照らされた輸送船が見える。
悪兵衛は琿青に手を置きながら、戦争の終焉を想像できずにいた。
日は落ち、夏の星々が瞬き始めている。
暮相の海 了




