八
戦闘によっていくつかの家屋が破壊され、一部火が上がっていたが
編切りは大居藩の兵士と村人によって撃退された。
何名かは負傷し手当を受けているという。
兵士達の表情は戦勝の興奮と狗族への恐怖で高揚している。
兵長の三上少尉は同行していない。
兵を率いた若輩の今野曹長よりバルザックが戦闘の経緯を聞き、労っている。
襲撃した編切りの数は約四十。その殆どを打倒したという。
すでに死体は消失しあちこちに蒼黒い血痕が残るだけであった。
タケルはぶるぶると震え、桃の懐から出ようとしない。
「悪兵衛、タケルが」
「どうした?タケル。」
タケルの弱弱しい意思を感じ、三人の表情が変わった。
「そうか。この編切りの遺念を糧に奴が生まれるというのだな。」
「バルザック。」
「心得た。」
急ぎバルザックは兵士団に全員での出陣を要請する。
悪兵衛はイバンに事の成り行きを話し、村人の待避を促した。
老人と子供を中心に大居藩宿営地までの避難を指示する。
編切りの撃退に成功し沸いた村人達は、冷や水を浴びせられたように
恐怖の表情が浮かんでいる。
にわかに足元が揺れる。遠くで轟音が響く。
侍達は大型狗族の目覚めを直感した。
*
護法紋鉢金、戦陣羽織、鬼門甲に身を固め腕回り、足回りも完全な
装備の戦姿を整える。その間も絶えず微弱な振動が大地から断続的に
伝わる。
バルザックは十本以上の大身槍を鉄網と革帯でまとめている。
手甲で手元を固めた桃乃介が馳駆紫の刀身を確認し、鞘に納める。
低く、刀身が鳴り始めている。
茜色に染まる海と村、伸びる家屋の影、村人たちは一まとめになって
村の奥に移動しつつ、兵士たちが前面に展開している。
その向こう、海面に巨大な人影が立ち尽くしている。
夕日を背に受けたそれは、細見の裸の人型に見えるが、
肩部から腕が三本ずつ伸び、その顔は青年のように見える。
「超大型狗族。」
「阿修羅と呼ばれる奴のようだね。だが武器を持っていない。」
「生まれたばかりだからか。」
侍達に阿修羅と呼ばれた狗族はゆっくりと沖合から村に近づきつつある。
兵士達の怒号と村人の悲鳴が飛び交っている。
「遠隔攻撃を行う錫と、毒を撒く鈴、剣を持つとあったが」
「今はまだその能力は無さそうだね。」
悪兵衛とバルザックは狗族を記した報告書から記憶を呼び起こす。
「与し易しとは思うな。殲滅する。」
悪兵衛の言葉に二人がうなずいた直後、悲鳴が上がった。
村の奥側、崖上に通ずる門の前に、先ほどまで海上にいた
阿修羅が移動している。恐慌をきたしている村人をその手に掴み、
顔まで持ち上げると大きく口を開ける。端正な表情が歪み、顎部がずり下がって無数の歯が生えた口中を見せ、一瞬で村人を咀嚼した。
噛み潰された体液と血液がその唇の間から噴出する。
その間にも長く細い腕を振り回し、次々と村人を掴む。
海上に面して展開していた大居藩の兵達は、
海側を阿修羅を探し混乱している。
村の奥側に集まっていた村人達は我先に中央広場に向かって避難するが
その刹那、阿修羅の姿が薄く透明になっていき、やがて消える。
人々の集まる先を見越すように、透明から実体に変わり人々をさらい、
食らう。兵士達はようやく見失った阿修羅が村内に出現した事を感知し
集まりつつある。
「特殊な移動を行っている。」
「村人も、兵も逃さず殺すつもりだね。」
「桃、俺と全速で侵攻、言霊で奴を引く。」
「バルザック、空爆を頼む。」
「承った。弾が尽きたら合流するよ。」
「よし。吶喊。」




