七
新年以外、決してお堂には近づかないというセルゲイをなんとか
説得し、小型の釣り船を出してもらう。
小降りになった雨の中、岸壁を迂回しその奥の切り立った岩場に
入っていく。複雑な岩礁が消波の役目をし、穏やかな海面である。
崖に挟まれるように洞窟が暗い穴を開けている。
船はゆっくりと中に入っていく。
洞穴内はやや広く天井の亀裂より光が差し、水滴が落ちる。
セルゲイが篝に火を入れると奥に簡素な堂が浮かび上がる。
木製の社の中、一抱え程の石像が祀られている。
優し気な女性の像であった。
タケルは怯えて、船から降りようとしない。
「この奥は?」
社の傍らに自然の隧道があり、波間に白い泡が浮かんでいる。
セルゲイは、村の者はこれ以上奥には決して行かないと言う。
悪兵衛は琿青を鞘ごと抜き、陣羽織と傘をその場に脱ぎ捨てる。
バルザックも丁服を脱ぎ、裸の上に剣を負った。
「桃乃介、一刻を過ぎて戻らなければセルゲイと共に待避、本部に
報告してくれ。」
「承った。」
いうなり悪兵衛とバルザックは躊躇なく飛び込んだ。
洞窟内の海水は身を切るような温度で、痺れと痛みが襲う。
暗黒の海面と低い天井の岩肌、奥にかすかにもれる光が見える。
全身奮い立たせるように波をかき分け、全力で泳ぐ。やがて社の洞窟とは
逆側に開けた場所が現れ、その天井から光が差している。
奥に洞窟が続き、うっすらと灯が燈されているような明るさを感じる。
かすかに明滅している。
ごつごつとした足場を確認しつつ奥に進む。
行燈の光のように感じていたのは洞窟内の岩石で、薄く黄色の光を
放つ。辺りがうっすらと視認できる程度の光量があった。
さらにその先に明かりが見える。
だがそこに行くまでに天井が低くなり、かがみながら、膝をついて、
やがて腹這いになって進まざるを得なくなった。
そうしていきついた先、二人の眼前に一抱え程の縦孔があり、
明滅する光が漏れだしている。
のぞき込んだ眼下は異様な光景であった。
落ちくぼんだ縦穴に民家程の大きさの球体の岩石があり、内側より
黄金色の光を発して明滅している。岩と岩の隙間から光が漏れだし、
その間に影が見える。巨大な胎児であった。
粘膜に包まれ、内部は発光する羊水で満たされている。青白い肌は
絶えず呼吸し、収縮している。生まれいずる時を待っているようであった。
悪兵衛とバルザックは絶句している。
*
海中より現れた二人は、がちがちと歯を合わせながら手早く
衣服に袖を通す。桃によって焚火がたかれていたが、その炎を見下ろす表情は
一様に蒼白であった。
「狗族の、繭がある。」
「かなりデカい奴だね。胎児の状態で三米程ある。」
「生きているの?」
「今、この時も成長しつつあるように見えた。」
桃は怯えるタケルをなだめて狗族の遺念の行方を聞き出していた。
浮遊する狗族はみな、洞窟の奥に吸われているという。
「狗族の魂を食って成長しているのかな。」
「死人使いは、動物の遺骸を食っていた。弥者はその為に村人に大量に獲物を
貢がせていた。同様に育つ狗族なのだとしたら。」
「いずれにせよ、あの足場と環境では討伐も捕獲も出来ないね。」
「監視はせねばなるまい。」
洞窟の出口が明るくなっている。雨があがり暮れかけた日に照らされている。
三名は今後を話し合い、一先ず村に戻る事にした。
揺れる小舟から離れ行く洞窟の暗黒を見つめる。ようやく編切りの因果が
見えてきたように思える。
「これは狗族の習性なのか。それとも拝殺の準備なのか。」
「記録ではこんな生態は見た事がないね。」
岸壁を迂回し、村が見えた頃に異変に気が付く。
あちこちで煙があがり、半鐘の音や怒号がかすかに聞こえる。
村は、狗族の襲撃に会っていた。




