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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
53/210

六


屋敷の縁台でタケルがじっと浜を見つめている。

何かを目で追いながら不安げに歩き回り、立ち止まっては唸る。

三人は囲炉裏を囲み、ダリヤからわけてもらった大量の惣菜と、

黒いパンで夕食をとった。

感謝の意としてもらったボートカと呼ばれる蒸留酒をバルザックは何度も煽り、

顔から首筋まで赤くなっている。

悪兵衛は和え物を夢中でかき込んでいる。茹でた芋に鶏肉と人参、玉葱をいれ、

卵黄と酢と塩で和えたもので、甘味と酸味、食べごたえがたまらなく、

パン三枚と共に腹一杯になるまで食した。

桃は未だ警戒しているタケルを抱いて居間に戻る。

優しく撫でられて、ようやく落ち着きを取り戻した。


「タケル、どうしたの?」

桃に抱かれて落ち着いたタケルが鳴く。

「まだ、狗族がいる?空に?」

「みんな一つになってる?」

幼いタケルの言葉では全容はわからないが、悪兵衛と桃はうっすらと

その意図を汲んだ。

「死んだ狗族の思念が残留しているという事か?」

「タケルはそういってる」

「そんな事がありえるのか」

「バルザック。」

頼りになる男は、大口をあけていびきをかいている。

「おい、バルザック。おい」

「だめか。」

悪兵衛は早い段階で諦め、布団をかけてやった。


「複数の襲撃、環太積の報告、編切りの残留思念。これは異常な事態だ。」

「何が起きてるの?」

「現段階の情報では判断がつかん。章さんがいてくれれば。」

「悪兵衛はいつも灰音殿頼りだからダメなんだよ。」

「こいつが頼りにならんから仕方なかろう」

悪兵衛が指を刺したバルザックを見て桃は吹き出した。

「とにかく、報告書をまとめてくれ。明日大居藩の兵が見分にくる筈だから

俺はそちらむきの報告をまとめる。」

「わかった。」

桃は文机に向かい、報告をまとめる。一筆ごとに頭を捻り、唸る悪兵衛に

比べるとその筆に淀みが無い。

「桃、本部へと同じ文言で構わぬ。環太積宛にも頼む。」

「わかった。」


情報をまとめ、その報告を行う作業は深夜までかかった。

ひとり遊びをしていたタケルは囲炉裏の前で、桃をじっと見ながら

大きなあくびをしている。やがて部屋の隅に置かれた座布団の

周りを歩き回り、上に乗って匂いを嗅いで鳴いた。

「わかったわかった。そこがお前の陣地な。」

「うそをつけ。すぐ寝るくせに」

悪兵衛と口喧嘩をしている。ひと段落ついた桃は立ち上がり、

座布団に座るタケルを撫でて寝かしつける。

「ここでねんねするんだね?」

優しく桃に声をかけられ、暖かな人の手を感じながらタケルは目をつぶる。


報告書をまとめ上げた頃、屋敷を訪ねてきた繋ぎの者に書簡を渡した。

行商人の姿をしてはいるが、おそらく隠密である。

悪兵衛は居間に布団を敷く。桃乃介は疲労により動くことが出来ない。

星巡の士魂の消費による体力、精神力の減退であった。

桃は悪兵衛がひいた布団を奪い、寝入るタケルのもとに這う這うの体で

たどり着く。悪兵衛は仕方なく床の上に横になった。

「おい、戦闘補助兵器が腹だして寝てるぞ。」

タケルが白い腹をだして眠っている。脚をひくひくと動かしながらいびきを

かく。桃乃介は声もなく笑った。

「こやつ、やっぱり見張りなんかする気もないな。」



*



翌日、大居藩のつなぎの兵が昨夜の件を見分しに現れる。

戦闘の起きた浜を歩きながら、詳細を桃が伝えた。

「こちらの報告書には見分と共に常駐の兵の要請もいれたが。」

「左様でありますか。自分は調査のみの命令をうけまして。」

悪兵衛は腕を組み、沖を見つめる。いつ現れるかわからない狗族を

待ちながら調査が出来るのだろうか。出現の頻度や数、現在までの情報で

その襲来を現実的に予測できるのは灰音章雪や織田刑部等、参謀方の協力が

不可欠に思える。

「では、三上兵長にこのようにお伝え下さい。」

バルザックが微笑みながら進み出た。

「二十名、今すぐによこせ。でなければ命令不服従として手前を斬る。」

青い瞳に漲る力、全身から湧きおこる凶暴な圧力につなぎの兵は恐れ戦きながら、早馬で宿営地に帰って行った。

「昨日からこれでよかったね。」

馬を見送りながらバルザックは笑って言った。だが、本気で斬るつもりなのを

悪兵衛は感じている。

低く雲がたれこめ雨がしのつく。

漁師たちが桟橋から戻ってきている。引き回し網を担いだその表情は不漁を

物語っている。


「いるの?どこに?」

村はずれまで来てタケルが異変を訴えた。

居留している漁師屋敷と村を挟んだ反対の位置、最初の狗族の襲来地点を

見分している時であった。

砂浜はその先に切立った岩肌に遮られ、その向こうは岩礁になっている。

徒歩では進入は不可能であった。タケルはその先に狗族の遺念を感じ、

怯えながらも桃に伝えてきたのだった。

「この先には何が。」

「岩場と崖が続くよ。その先に流れ込む川がある。足ではいけないね。」

バルザックは言いながら悪兵衛に歩み寄る。

「悪兵衛、いいかい。赴任地の地形の情報が事前にある場合」

「それらはすべて頭に叩き込むんだ。有利に戦闘をすすめる条件だよ。」

「あいわかった。」

悪兵衛は引き締めた表情でバルザックの言葉を聞き入れる。


「岩場にお堂があるよ。」

桃がタケルを抱いて落ち着かせながら唐突に言った。

「お堂?」

「そう。ダリヤさんに聞いたんだ。年に一度だけ、年明けに村人皆で

詣でるって。」

「いくか。セルゲイに船を出してもらおう。」

「お前はイバンさんの家にいた方がいいな。」

悪兵衛に言われて、タケルは不服そうに鼻を鳴らし拒否した。

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