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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
52/210

五


鍛えた健脚と破双でわずか小半刻もかからず、村に戻る。

漁師屋敷の桃の居室の端にタケルがおびえて隠れていたが、

三名の帰宅と共に飛び出てくる。

「桃にだけ伝えたのか。」

「幼獣は複数に言霊を伝える程、八百万の力は強くないんだよ。

がんばったね、タケル。」

褒められたタケルは嬉しそうに跳ねまわっている。話しながらも三名は

足回り、腕回りの装備を固める。鎧を身に着けている時間はない。

村の外縁、狗族が襲来するとされる浜に向かう。

篝火が焚かれ、暮れた海にいくつもの灯が映る。

バルザックより話をうけた名主のイバンは就寝していた村の者達に

声をかけ、皆、手に銛や鍬、鉈を持ち寄り集まる。

屈強な海の男達とはいえ、三度の襲来で手傷を負った者も少なくない。

悪兵衛はその数と男達と観察し、狗族の襲来を待つ。

差した琿青はやや低い金属音を立て続けている。


やがて、海面に青白い光源が浮かび上がり、ふわふわと浮遊しながら

その数を増し、姿を現した。長い嘴に甲殻類のような鋏、昆虫のような胴に脚は無く、尾を振りながら接近する。狗族、編切りである。

人間よりやや小さく、ゆらゆらと空中を泳ぐように移動している。

悪兵衛は逸る村人を手で制し、声を上げる。

「間宮桃乃介中尉、狗族を単独にて殲滅せよ。」

「承った。」

あくまで冷静な二人の会話。バルザックは背に負った大剣には手も

触れず、腕組みをしている。

編切りの数が目視で三十を超えた頃、かがり火に照らされた一匹が

漁師に襲い掛かった。

「きやれ」

桃の鋭い声が飛ぶ。かすかな振動と共に漁師は手で押されたような圧を

感じて一歩下がった。編切りはその声に反応し身体を丸めて方向を変え、

桃を捕食するように鋏をもたげる。

戦技、言霊の使用方の一つで、あえて士魂を強く込めず表面に痺れを

与えるように放出する。これは狗族、弥者への挑発として非常に有効で

受けた個体の意識を一気に集中させる。桃乃介の得意とする戦技である。


「明、生、流、巌、心」

続けさまに桃は五芒を切りながら声を飛ばす。真言の中心句である。

三十を超える光源がすべて桃に集中する。囲まれて切り刻まれるかと村人

から悲鳴があがる。悪兵衛とバルザックは静かに桃乃介の背を見ている。

白い火花をあげて、桃乃介は魁音刀、馳駆紫(ちくし)を抜いた。

不知火正式採用魁音刀である馳駆紫は、白の拵えに麒麟の飾り柄頭、

細身ながら鏡のように輝く直刃の刀である。

「星巡(ほしめぐり)」

正眼に構えた桃が叫ぶ。凝縮した士魂があたりの空気を吸収する。

悪兵衛とバルザックには、目視できる程の圧縮した士魂が

桃乃介の全身に満ちるのを感じている。瞳が白く輝き煙を上げた。


桃の網膜に多数の殺到する編切りと、その前に深紅に輝く光点が

いくつも浮かび上がった。その光点は大きく明滅し、次々と現れる。

光点がひと際大きくなったとき、桃はその位置に飛び込む。

飛びついて来た編切りの鋏を髪に掠る程の距離で避けた。

次の光点、また次の光点に身体を移動させる。

村人たちの目には、編切りの群れの攻撃が一切桃に触れる事もなく

すべて間一髪で躱されているように映る。


哨魁報撃斬、星巡はその名の通り自らに向けた殺意ある攻撃の位置を

「前もって」知る異能の力であった。

事実上、桃乃介は攻撃を受ける事はない。

桃の網膜に深紅の光点と共に、緑の光点が浮かび上がる。その明滅と共に

馳駆紫を走らせる。吸い寄せられるように編切りは斬られ、

真っ二つになった身体は落下した。

報撃とある通り、戦闘における攻撃対象点と共に迎撃開始点も

桃の網膜には映る。そこを目がけて刃を揮う。狗族はそこに自ら

斬られに吸い寄せられるように見える。

緑の光点で斬り、深紅の光点で体をいれかえる。

桃乃介の足元に編切りの死体が落ちる。その位置まで星巡は感知し

軽やかな足さばきで桃乃介は刃を揮う。

次々と編切りは数を減らし、やがて残りは三匹、沖へ向かって逃走を始めた。

「射刃」

桃の気合声と共に逃走しかかった編切りは全て斬られ、海中に落下する。

その斬撃の強度よりも、延長される攻撃範囲に重きを置いた桃乃介の射刃は、

すでに二十歩程離れた標的も易々と斬る事が出来る。


村人達は呆気にとられていたが、やがて歓声があがる。

その声を聞きつけた人々が恐る恐る家から現れ、家人を気遣い、

声をかける。喜びの声と共に侍達に感謝の言葉をかける。

バルザックは微笑みながら、桃乃介を村人の前に押し出す。

剣を鞘に納めた桃乃介は息も乱れていない。


「やはり、大型は現れなかったね。」

「うむ。」

悪兵衛は斬撃を受けた編切りの死体を見下ろしている。

切り口は薄い煙を上げながら細胞に対して若干の侵蝕がみられ、

青色の血液が砂に吸い込まれている。

やがて死体全体がゆっくりと透明になっていく。

「バルザック、見ろ。」

死体は煙だけを残して跡形も無くなった。砂浜に血痕のみが残る。

村人に持て囃される桃乃介をよそに、二人は顔を見合わせた。


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