↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
50/210

三


翌朝、三名は不知火の陣羽織に身を包み、地里江(ぢりえ)村に入った。

迎えた名主以下、異人ばかりで、覚束ない日の本の言葉で

挨拶を交わす。赤ら顔の大男が多く、バルザックが目立たない

程の体格の良さで、ほとんどが漁師であった。

遠洋漁業を営み、この地に移り住んだという事である。

バルザックは自国語で何事か言葉を交わす。

村人も返すが、お互いに首を捻り、噛みあわない。


「だめだ、半分も伝わらない。これなら日の本の言葉の方がましだね。」

「仕方ない。じゃあ身振り手振りでやってみよう。」

寡黙な悪兵衛や大げさなバルザックに比べ、直観的で頭の回転が速い

桃がほとんど会話をする事になる。

名主とその使用人は片言ながら日の本の言葉を解し、やりとりを交わす事が

出来、午前中はすべて名主の屋敷での事情聴取となった。

村長であるイバンは初老であり、率直で飾り気のない物言い、

綺麗に剃り上げた頭に髭面の強面であった。

大まかな狗族の襲撃の様子、村の被害、状況等見分し、

後は実地の調査に移る事になる。すでに時刻は昼を回っていた。

漁師たちの生活では、午後の遅い時間に就寝し深夜に起床する。

侍達は昼餉に迎えられた。


イバンの妻であるダリヤは赤毛の大柄な婦人で気さくで明るい。

自慢の料理を次々に卓に乗せていく。やがて他の漁師たちも

侍が珍しいらしく集まり、次第に賑やかな宴になっていった。

「豚の脂の塩漬け?」

ダリヤがニコニコと笑いながら説明してくれる。

パンと呼ばれる小麦を練って焼いた物にのせて食す事を身振りで

伝える。悪兵衛は躊躇なくかぶりついた。黒いパンの酸味と脂の甘味と

塩辛さが口中で溶け合い、初めてのその味に驚き、二口、三口と口に運ぶ。

桃も、恐る恐る食べ、笑顔になっている。

「ダリヤ、お前たち、子供近い、いっている。」

イバンの使用人である優し気な四十男のセルゲイより話を聞くと、

夫婦の息子は遠洋に漁に出ておりもう一年帰ってきておらず、

娘は現地で日の本の者と結婚したという。悪兵衛と桃は子供らを

思い出すとしきりに話している。

おおきな笑い声が起きる。バルザックが勧められたまま脂の塩漬けと

手持ちの器の蒸留酒を飲み干してむせている。

現地の漁師たちは、食前にそうするそうで、脂を口に放り込み

直後に酒を一気に呷る。

「ボートカ?ボートカ。こりゃ強い酒だなあ。」

バルザックは続けさまに三杯、飲んだ。

次いで木製の深皿にたっぷりと汁物が満たされ、配膳される。

よい香りの湯気があがり、中には骨付きの豚肉と芋や玉ねぎ等

野菜がぎっしりと入っている。大き目の匙が渡された。

悪兵衛が皿を掴み、持ち上げようとする。

「あー、器を持ち上げたり、すすったりするのは礼を欠く行為になるよ。」

頬を赤くしたバルザックが声をかける。

「そうなのか?」

「食事の内容と流儀は国元に近いよ。この匙を使って」

「手元から外側にむかってすくって音を立てずに飲むんだ。」

バルザックのしてみせる通り、悪兵衛と桃も汁を飲む。

「おいしい。食べた事ない味だけど。」

「この汁、真っ赤だぞ。」

ぎこちない二人の様子をダリヤがにこにこと笑いながら何か大きな声で

いっている。セルゲイが匙を置いて伝えた。

「ふたり、ここの家、子供なれ、ダリヤ言ってる。」

悪兵衛と桃は顔を見合わせた。


オゴォ、という声が口々に漏れる。

村の若者とバルザックが腕の太さを比べ、血管の走る二頭筋を

見せつけたバルザックが称賛を受けている。

机の上が片付けられ、腕相撲が始まる。若者をわけもなく捻り、

酒を勧められ、一息で飲み込み笑いが起きている。

「バルザック、もう顔真っ赤じゃん」

「あれは酒に目がないからな。」

悪兵衛は汁のお代わりをもらう。

大柄な漁師をバルザックが腕相撲で倒し、上半身裸になって騒ぐ。

村人たちは奥に座している物静かな男を口々に呼ぶ。

遠慮がちな男は引っ張り出されるように連れて来られた。バルザックと背丈は

同じ位だが一回りも身体が大きい。坊主頭の無表情な青年だった。

「ニカライ、村、一番」

セルゲイもやや興奮して伝える。バルザックは大きく息をして馬のように

胴震いした後、卓につき腕を出す。ニカライと呼ばれた青年も座り、

バルザックの手を握った。

力のこもった腕相撲がはじまった。村人たちは大声で盛り上がる。

歯を食いしばり、全身の力を込めて挑むバルザック、無表情だが額に

ふとい血管の筋を見せて受けるニカライ。やがてバルザックの腕が

倒され、歓声が沸き上がる。

「強いよ。腕が痛いや。」

腕をさすり、しかめ面をしながらバルザックが戻ってくる。

「怪我でもしたら報告書だからね。」

「え、してないよ。大丈夫。はははは」

桃に睨まれて陽気に笑う。セルゲイが村人の言葉をバルザックに伝えている。


「僕より強い男?いるよ。彼だ。」

バルザックが悪兵衛を指してセルゲイに伝える。その言葉を聞いた村人から

どっと笑い声が起きた。口々に囃したてる。

悪兵衛はその雰囲気を感じ取り、表情を変えて匙を置いた。

ニカライはじっと悪兵衛を見つめている。

悪兵衛はにやりと笑い、席を立った。

が、ダリヤに抱きしめられ、振り回される。ダリヤが大声で男たちを

非難しているようだ。名主のイバンはうつらうつらと寝入っている。

おおきな夫人の身体に幼児のように抱きかかえられて悪兵衛は

拍子抜けした。バルザックも桃も笑っている。

叱責された漁師たちはみなばつが悪い表情、ダリヤはまだ怒り声を上げている。


*


午後に入り、セルゲイの案内で狗族の襲来した場所を周る。

その時々の状況を聞き、桃は小まめに手帳に書き記している。

バルザックは酔いが回り、ふらふらとして時々悪兵衛に肩を貸してもらう。

実際に戦った村人に話しを聞きたいとセルゲイに伝え、明日の午前中の繋ぎを

頼んで屋敷に戻った。日が暮れかけている。


留守番をしていたタケルが大喜びで跳ねまわっている中、

桃は報告書の作成、悪兵衛は火をおこして簡易な食事の用意をする。

バルザックは横になって動かない。

「おい、おい。バルザック。だめだ。」

いびきをかいている大男を揺すったが、悪兵衛は諦めた。

「これじゃあ相談できないよ。」

「明日、村人と会う前に取り決めだ。」

おさんどんの格好で悪兵衛はため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。