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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
49/210

二


小振りな漁村であり宿場町でもある地里江(ぢりえ)村に到着した。

この地方を管轄する大居藩の兵長が連絡の繋ぎに待っており、そこで

近隣にすでに陣が形成されている事を知る。

「戦でありますか。」

「本日よりの調査次第である。」

不安げな表情の初老の兵長に言葉を返し、悪兵衛は沈思黙考する。

八百万の乱れという漠然とした問題に対し、大規模戦闘向きな

内偵の隊士の選定。事前に大居藩との連携をしての戦闘準備。

桃乃介の声で我に返る。


「でておいで」

装備品のひとつ、竹籠を開くと中から黒い毛玉のようないきものが

恐る恐る出てくる。

「タケルじゃない。」

籠から出たタケルは土間の匂いを嗅ぎまわっている。

「目録には戦闘補助兵器と書いてあったよ?」

バルザックが笑いながらもう一度確認する。

「合ってるよ。訓練で任務に随行させんだ。」

「こいつはまだ幼獣ではないか。」

悪兵衛が呆れ顔で土間に降りる。タケルは歯をむき出して吠えた。

「大人って、お前はこどもだというに。」

「戦うの?僕たちと一緒に?やめたほうがいいと思うなあ。」

笑いながら話す隊士にタケルはきゃんきゃんと答える。

「無理いわないの。今回は訓練なんだからね。」

頭があがらない桃にくぎをさされて、タケルは唸り声をあげている。

「生意気なこといいおって。」

聞かん坊のタケルに三人の笑い声が溢れた。


「大居藩兵長の三上殿に伺ったのだが。」

「村に何度か狗族が出現し、村民で撃退したという。ここひと月で

三度程あったそうな。」

囲炉裏に火をいれて明日以降の予定を語る。

日も落ちて、涼しい海風が吹き抜ける。波音が絶えず聞こえている。

「作戦要綱では、まずその襲撃の見極めとあったね。」

「うむ。詳しい話を明日村長に聞こうと思う。そこで何だが」

「地里江村…異人居住地とある。」

「僕が選ばれたのは通訳としてという事だったね。」

「そのように刑部殿も仰られていた。」

「バルザック、故郷の言葉覚えてるの?」

「うーん、どうだろうね。」

三人の会話をタケルも訳知り顔で聞いている。

「お風呂そろそろじゃない?」

「腹も減ったな。」

「あたし最初入るから。」


それぞれ用意をして屋敷を出る。

裏手は海に面した砂浜になっており、衝立の陰に井戸と湯気をあげる

大桶がある。五右衛門風呂である。

桃がいそいそと風呂に向かい、悪兵衛とバルザックは海へ。

流木に提灯を下げてたてかけ、用意してあった焚火の周りに

茣蓙を引く。鍋掛に吊るされた里釜に井戸水を張る。

夜の海は明るい満月を映している。

タケルは茣蓙の匂いを嗅ぎ、忙しく走り回っている。

バルザックは湯煎した土瓶からお猪口に酒を注ぎ、ごくり、と飲み込んだ。

「うーん、すきっぱらにこたえるね。」

「悪兵衛も飲む?」

「未成年だ。いかん。」

「だよねえ。」

煮え立つ鍋に具材をいれていく。バルザックは

手元で器用に小振りな庖丁を揮う。

「私の国では十六からお酒は飲めたよ。」

「日の本に来たのが八つの頃。伊庭様にお酒飲ませてもらったね。」

「いかんではないか。」

波音に二人の笑い声がまじる。

笹に包まれた大きなつみいれを湯気を上げる鍋にいれていく。

地元の人間より譲り受けた地魚製の物である。


「いい匂いするよ!鍋出来てるの?」

衝立の陰から桃が大声でいってよこす。

「つみれ鍋だよー。」

「食べるの待っててよ」

「タケルが野菜を勝手に食べてるぞ」

「もー!」

白菜にかみつくタケルを引き離す。

やがて、桃が浴衣を着てあらわれ遅い夕食についた。

白身の魚を使った地元のつみれは見た目に反して上品な香りと

味で、暖かい塩味の汁は海風にすこし冷えた身体に心地よい。

バルザックの酒が進んでいる。


「僕の国では士魂を使うものは少ない。英雄や物語の中の人物だけだ。」

「それに使うとすれば…」

そこまで話し、バルザックは口をつぐむ。両手を突き出して士魂を練り

片手を勢いよく引き抜く。うち捨てられた流木が手元に引き寄せられた。

それを焚火にくべる。

「悪兵衛はどれくらいの重さの物ができる?」

「俺は刀二本までなら」

「あたしは一本だな。」

「あの埋まっている錨はどうだい?」

少し先に釣り船が浜に揚がっており、舫っている錆びた錨が砂に

半分ほど埋もれている。

三人はそれぞれ「網打ち」を試すが錨はわずかに振動する程で

移動するまでには至らなかった。

「無理だな。網打ちは本人の膂力に比例するというが。」

「あれは僕も無理だね。」


「でもね」

「本当は網打ちは力は関係ないんだ。わかりやすくそういわれているだけさ」

その言葉を二人は不思議に思った。

バルザックは沖を見つめて猪口の酒を飲みほした。


「人は、飽和破常力を使うことが出来ると思うかい?」

「破常力は弥者特有の力ではないのか?」

「僕は、弥者も侍も揮う力の源はおんなじだと思う。」

「魁音撃は狗族と弥者を屠る為の力じゃん。」

「侍はそう考えているだけだ。」


「僕の国では、網打ちの力の原理を利用して、士魂を持たなくとも使役出来る技術にした人たちがいる。遠く離れた場所に網打ちするんだ。」

「それは今の僕らが見たら破常力に近いと思う。」

「網打ちの原理を使う?何を引っ張るんだ?」

「心の力を。力は人を護るんだ。」

すこし酔ったバルザックの物言いに悪兵衛は不思議な感慨に囚われている。

「面白いな。西洋人は。」

タケルが焚火の炎に温められて半分目をとじてお座りしているが

ふらふらと揺れて時々桃のすねに頭をこすっている。

桃はタケルを抱きかかえ、屋敷に連れて行った。


「クラックス」

寝ころんだバルザックは両肩を順に抑え、額に拳を当てながら

小声で呟いた。

「日の本は遠すぎて言葉も、意思も、送る事は出来ないよ。」

「心の力を呼ぶためにどうしたらいいんだ?」

「力を呼ぶために…星空と契約するんだ。」

酔って寝ぼけながらバルザックは言った。

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