一
不知火屯所より西に半日、大輪泊という軍港に悪兵衛はいた。
不知火遠征である為、扮装ではなく隊服である陣羽織に丁服、小袴姿である。
夏の日に煌めく湾を見ながら、大きく伸びをした。
馬車に揺られ続け、身体が固まっている。
「ずーっと寝ちゃったよ。」
大柄な異人が悪兵衛に続く。ルートヴィヒ・フォン・バルザック中佐は
幼少時に来日し、その才を認められ侍となった。年は二十七で悪兵衛の
十上になる。朗らかで剽軽な人柄で、その実力は隊での信任も厚い。
馬車を降りた今一人は間宮桃乃介中尉、年は悪兵衛と同じだが一期上に
なる。この三名が視察に選ばれたという事は恐らく調査ではなく、
殲滅戦になる覚悟を悪兵衛はしていた。
「少佐、迎えがきております。」
連絡を受けた悪兵衛がバルザック、桃に声をかけ港に向かう。
停泊している中型の輸送船前、乗組員の長に悪兵衛は敬礼をする。
眼鏡をかけた男は悪兵衛達の姿をみとめ、鋭い眼光でみつめる。
「不知火、播磨悪兵衛少佐以下三名、着任いたしました。」
「環太積、保永栄之助大尉であります。不知火隊士三名の輸送承ります。」
敬礼を返した男は、陣羽織に詰襟の環太積の正式な
軍服に身を固めている。
波濤鎮守真軍、環太積。本閥四軍中の一軍団であり、制海権、海上からの
侵攻、本閥の物資の流通を一手に請け負う。不知火隊士の輸送という点で結びつきの深い両軍であった。
輜重隊の物資が中型輸送船「まくべつ」に次々に詰め込まれる。
悪兵衛はその様子をみながら灰音の言葉を思い出していた。
「新型魁音兵装?」
「はい。試験段階に入りました。またその装備を使役する者は特殊な
魁音撃を扱う者に限定される事になります。」
「章さんに渡した橘川兄弟の破双の記録は。」
「技研より報告を受けましたが、どうも通常の破双の能力とは意味あいが
違うようです。もちろん、橘川兄弟の見極めは侍として充分以上の能力ですが。」
「どういう意味なんだ?」
「原理的には破双と同じですが、その上をいく異能の能力の者を技研は
必要としていたようです。」
「それは?」
「私にも具体的にはわかりません。ですが不知火隊士にはその能力を
持つ者はいない、という結論でした。」
「これは士魂や戦闘力云々の話ではなく、純粋にその才があるかどうかです。
ですから新卒の人間も何人か選抜されたそうです。」
「異能のちから。」
灰音の言葉を反芻しながら、悪兵衛は不吉な予感を感じている。
*
船上の悪兵衛は保永大尉より報告を受けている。
左手には切立った崖の沿岸が続き、穏やかな洋上を輸送船は進む。
「大迫海岸にて、異常な八百万の乱れを察知、調査を進めております。」
「八百万の乱れをどのように調べるのか?」
「随獣より報告を受けます。近隣の海獣が異変を知らせます。」
「ヰ朗歌ですね。本隊に随行はしていますか?」
バルザックは興味津々な様子で聞いた。
「おります。久世。」
保永の声に答え、海中から侍が姿を現す。
なにがしかの生物の背に鞍をつけ、操っている。
その速度は輸送船の比ではなく、滑るように移動している。
「ヰ朗歌をお見せしろ。」
久世と呼ばれた若い士官は一度海中に潜り、海上に勢いよく飛びあがった。
鯱と龍が混ざり合ったような流線形の海獣の姿を現し、飛沫をあげて
海中に潜る。三名は息を飲んでその姿を見つめた。
「保永殿、ヰ朗歌との意思疎通は不知火で行えるものでありますか。」
「不可能です。少佐。彼らは他の随獣と異なり、環太積隊士にしか
心を開きませぬ。」
「心得た。」
悪兵衛は調査というより、随獣としての魅力をヰ朗歌に感じている。
これはリンドウと交流するようになってからの気持ちの変化であった。
しかし今は、それを使役していた久世と呼ばれた士官の事で頭が
一杯になっている。
二時間程の移動の後、目的地の海岸に到着。装備品の上げ下ろしが行われ
輜重隊が荷車に積んでいく。近隣の宿場町近くの漁師屋敷を基地とする
手筈になっている。
荷物の上げ下ろしを手伝いつつ、目録をバルザックと共に確認し、
顔を見合わせた。
「戦争だね」
「うむ。我らの選別からしてな。」
「悪の字。」
背後から声がかかる。先ほどヰ朗歌の手綱を取っていた
久世春之丞中尉であった。今は詰襟に陣羽織姿である。
「春之丞。」
悪兵衛は破顔し、久世と肩を組み合った。
久世は総髪に細身の体型で日に焼けた浅黒い肌、片目が
白く濁っている。
二人は「本閥選」と呼ばれる入隊試験を共に潜り抜けた同期であった。
「石那珂島以来だな。」
「うむ。お前はすっかりヰ朗歌乗りになったの。」
「まだまだだ。」
日に輝く沖合を見ながら二人は語る。
「沿岸の警備はもとより、戦闘範囲がここ一年でかなり変わった。」
「弥者の侵攻が変わったのか」
「うむ。我らの裏をかくのは変わらぬのだが。」
「規模が拡大しつつある。侵攻も大胆だ。」
「春之丞、今次の作戦はどう聞いている?」
「不知火の輸送、支援、輜重隊とのつなぎだ。」
「大規模な戦闘が起こる事を想定された作戦だ。お主らは捨て駒かもしれん」
「それが不知火だ。」
「吶喊白兵集参か…。」
波間を見つめながら春之丞は声を潜めて言った。
「現地で調査の結果を知らせてくれ。正規の手順でなくとも、支援する。」
「あいわかった。頼む、春之丞」




