九
琿青を突き立て、片膝立ちで荒い息を吐く。口中に溢れた血を吐き出した。
精神肉体ともに限界に達し、体内で生成する士魂は、すでに滅している。
朧丸は樹木に背をあずけ、腿に添木し、布で固く巻いている。
覆面を降ろし、鼻腔の血を拭う。
半壊した社より異音があがった。
無数の昆虫が這い回るような擦過音が響く。
大百足が姿を現す。次いでもう一匹、さらに一匹姿を見せる。
悪兵衛達から一定の距離で取り囲むように大百足は蠢き、
とぐろまいて、その単眼で二人を観察する。
「五匹おるな。朧丸、助太刀かたじけないが脱出し本隊へ連絡せよ。」
「手下に伝えてある。それに俺は卍組だ。脱出なぞするか」
よろよろと朧丸は立ち上がった。
「そうか。どうやら俺はここで死ぬ。」
「死なば諸共よ。」
「よし。一匹でも多く屠ってくれる。」
「さらばだ、忍び。」
「さらば、侍。」
悪兵衛は感謝の意を込め、琿青の刀身を額にあてた。
「南無八幡」
衝撃の火柱があがり、大百足を飲み込む。半身が巻き込まれ
腹部と共に無数の歩肢が吹き飛ばされた。身動きがとれない大百足に
飛来する光点、接触と同時に衝撃波の破裂が起きる。
三発の破壊弾と足元の火柱で大百足は完全に沈黙した。
「野火…それに明星」
悪兵衛はその魁音撃を使役する二人の男の顔を思い浮かべた。
「生きておったな。」
「だいぶやられたのう。」
完全装備の仁悟朗と士道が石段を上がってくる。
流星のような光の線が大百足を貫く。何本かは頭部を吹き飛ばし
地面にその身体ごと打ち付ける。
遅れて橘川兄弟も姿を見せた。
「行部殿の指示で侵攻の前倒しだ。おかげで休みがなくなったぞ。」
「一圓、空爆追加だってさ。」
次々に殲滅させられていく大百足。
わずかばかりの間にすべて動かぬ躯となった。
悪兵衛は片膝をつき、うつろな目でその様子を見ている。
(刑部殿、報告から状況を呼んで援軍を)
「社の内部に侵攻、狗族を発見し次第殲滅せよ。」
織田刑部自ら陣羽織と鎧姿で現れる。
「刑部殿」
「うむ。死んではおらんな。」
刑部の頼もしい笑顔で、悪兵衛は気が遠のく。
その肩を桔梗がささえた。
悪兵衛は穏やかに微笑む。桔梗は何も言わない。
朧丸がはいずるように近づいて来た。
「生き残ったな、悪兵衛。」
「うむ。」
桔梗の目に涙が光っている。
*
宮司、三枝保麿はすでに息を引き取っていた。
昏睡に陥ったつみは看病を受けていたが、容体は快方に向かった。
意識をとりもどし、桔梗の手を握れるほどに回復する。
水神の洞の奥には犠牲者の物と思われる残留物が散乱していた。
その数、氏名、年代等今後調査の手が入る。
保麿と狗族の中にどのような取り決めがあったのか。
また、それはいつから続いていたのか。
現時点ではわかっていない。
「お前はあの数を相手にするつもりだったのか」
「最初は一匹でござった。」
旅姿で胸に包帯が巻かれた悪兵衛。並び歩く桔梗。
馬上の朧丸。手綱を握っているのは手下の物で覆面姿だった。
「最初の一匹で士魂を使い果たしていたな。」
「それは言うな。」
笑い声を残して朧丸は去った。
社を破壊した大百足は不知火と隠密、要請に応じ集められた藩の兵士により
内密に処理される。
水神と呼ばれた狗族はこの里で古くから人間を食らい、生きながらえてきた。
宮司は狗族に魂を引き渡しながら言った。
贄となった人間は良き魂となって里を護る、と。
狗族と人との結びつきは太古からある。
それは人間と自然の関わりに近いのかもしれない。
相反する力を弥者は利用し、戦の道具としている。
それが人間と狗族と自然にとって、善なのか、悪なのか。
今はまだわからない。
水郷の贄 了




