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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
43/210

九


琿青を突き立て、片膝立ちで荒い息を吐く。口中に溢れた血を吐き出した。

精神肉体ともに限界に達し、体内で生成する士魂は、すでに滅している。

朧丸は樹木に背をあずけ、腿に添木し、布で固く巻いている。

覆面を降ろし、鼻腔の血を拭う。


半壊した社より異音があがった。

無数の昆虫が這い回るような擦過音が響く。

大百足が姿を現す。次いでもう一匹、さらに一匹姿を見せる。

悪兵衛達から一定の距離で取り囲むように大百足は蠢き、

とぐろまいて、その単眼で二人を観察する。

「五匹おるな。朧丸、助太刀かたじけないが脱出し本隊へ連絡せよ。」

「手下(てか)に伝えてある。それに俺は卍組だ。脱出なぞするか」

よろよろと朧丸は立ち上がった。


「そうか。どうやら俺はここで死ぬ。」

「死なば諸共よ。」

「よし。一匹でも多く屠ってくれる。」

「さらばだ、忍び。」

「さらば、侍。」

悪兵衛は感謝の意を込め、琿青の刀身を額にあてた。

「南無八幡」



衝撃の火柱があがり、大百足を飲み込む。半身が巻き込まれ

腹部と共に無数の歩肢が吹き飛ばされた。身動きがとれない大百足に

飛来する光点、接触と同時に衝撃波の破裂が起きる。

三発の破壊弾と足元の火柱で大百足は完全に沈黙した。

「野火…それに明星」

悪兵衛はその魁音撃を使役する二人の男の顔を思い浮かべた。


「生きておったな。」

「だいぶやられたのう。」

完全装備の仁悟朗と士道が石段を上がってくる。

流星のような光の線が大百足を貫く。何本かは頭部を吹き飛ばし

地面にその身体ごと打ち付ける。

遅れて橘川兄弟も姿を見せた。

「行部殿の指示で侵攻の前倒しだ。おかげで休みがなくなったぞ。」

「一圓、空爆追加だってさ。」

次々に殲滅させられていく大百足。

わずかばかりの間にすべて動かぬ躯となった。

悪兵衛は片膝をつき、うつろな目でその様子を見ている。

(刑部殿、報告から状況を呼んで援軍を)


「社の内部に侵攻、狗族を発見し次第殲滅せよ。」

織田刑部自ら陣羽織と鎧姿で現れる。

「刑部殿」

「うむ。死んではおらんな。」

刑部の頼もしい笑顔で、悪兵衛は気が遠のく。

その肩を桔梗がささえた。

悪兵衛は穏やかに微笑む。桔梗は何も言わない。


朧丸がはいずるように近づいて来た。

「生き残ったな、悪兵衛。」

「うむ。」

桔梗の目に涙が光っている。


*


宮司、三枝保麿はすでに息を引き取っていた。

昏睡に陥ったつみは看病を受けていたが、容体は快方に向かった。

意識をとりもどし、桔梗の手を握れるほどに回復する。

水神の洞の奥には犠牲者の物と思われる残留物が散乱していた。

その数、氏名、年代等今後調査の手が入る。

保麿と狗族の中にどのような取り決めがあったのか。

また、それはいつから続いていたのか。

現時点ではわかっていない。


「お前はあの数を相手にするつもりだったのか」

「最初は一匹でござった。」

旅姿で胸に包帯が巻かれた悪兵衛。並び歩く桔梗。

馬上の朧丸。手綱を握っているのは手下の物で覆面姿だった。

「最初の一匹で士魂を使い果たしていたな。」

「それは言うな。」

笑い声を残して朧丸は去った。



社を破壊した大百足は不知火と隠密、要請に応じ集められた藩の兵士により

内密に処理される。

水神と呼ばれた狗族はこの里で古くから人間を食らい、生きながらえてきた。

宮司は狗族に魂を引き渡しながら言った。

贄となった人間は良き魂となって里を護る、と。

狗族と人との結びつきは太古からある。

それは人間と自然の関わりに近いのかもしれない。


相反する力を弥者は利用し、戦の道具としている。

それが人間と狗族と自然にとって、善なのか、悪なのか。

今はまだわからない。




水郷の贄  了

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