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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
42/210

八


社の内部、水沓堂のあるあたりから崩壊の大音響が響き

大量の埃と木片、残骸が吹き出す。

同時に狗族が姿を現した。

ぬらぬらと光る黒色の丸い頭部に長大な顎肢、2本の長い触覚、

胴節から伸びる節くれだった腹から蠢く無数の歩肢。

半透明の黄色に毒々しい赤い斑点。とぐろを巻くその姿は、

社一軒と同等の大きさの巨大な百足であった。


悪兵衛は琿青をゆっくりと引き抜く。清浄な青い火花が辺りを照らす。

鳴りやまぬ魁音刀を大百足はその六つの単眼で見、明らかな嫌悪を示した。

無造作に歩を進め、刀を振り上げ、斬りつけた。

わずかに反応した大百足の蠢く歩肢が切り落とされ、緑色の血液が吹き出る。

大百足はその大きさ、姿から想像も出来ぬ速度で地面を滑り、巨大な顎肢を

悪兵衛に向け突進した。悪兵衛は難なく避けるが、

頭部に続く腹部から伸びる歩肢が、次々とその鋭い爪先を向ける。

受けるでもなく、避ける悪兵衛は次の攻撃を伺った。

その瞬間、大百足の尾より長く伸びる曳航肢と呼ばれる脚が

悪兵衛を跳ね飛ばした。

鞭のようにしなるそれは一度たわんで視界から外れた後、

追撃したのだ。

吹き飛んだ悪兵衛は石灯籠を崩し、社の漆喰の外壁に激突した。

その瞬間、壁は悪兵衛より放射状にひびが走り、破裂するように

内部が崩壊し、崩れ落ちた。戦陣羽織による、衝撃分散の能力である。


鬼門甲はその鎧としての外的な強度は勿論、士魂が流通し、

外部に自然放出するの妨げる。また流れる士魂により

本人の意識の中で軽量化していく特徴がある。

対して戦陣羽織は、衝撃反応装布という素材で構成され、

表面上の打撃、斬撃、爆破等を周囲に逃がし、

分散させる能力を持つ。

これらはすべて技研の松橋中佐、御津菱の竜井主任によって

開発された物であった。


潰れた果実のように即死する運命を免れた悪兵衛ではあったが

鎧内部では大きな衝撃に内臓が悲鳴をあげる。

吐き気が込み上げ、口中に血の味が広がった。

鮮血を吐き捨てて悪兵衛は立ち上がる。


鎌首を上げた大百足の腹部から胴、頭部まで連続して小規模の爆発が起きた。

乾いた音を立てて、火薬が爆ぜている。頭部の破裂は、三つの複眼を破壊し、

緑の血液が滴り落ちた。

大百足は激怒したように崖にとりついた。

断崖の途中より伸びる樹木に、影の様な者が、何かを投擲している。

大百足に当たったそれは爆破を起こす。

大百足が垂直に崖を這い上ると同時に影の男は樹木の中に姿を消し、

直後悪兵衛の元に現れた。装甲のついた黒装束に覆面をしている。

肩部に三日月の紋章が描かれていた。


「だらしがないな、侍。」

「朧丸か」

覆面の布を下す。目元を黒く塗った朧丸の皮肉な笑顔が現れた。

崖に取り付いた百足は滑るように這い降り、鎌首をもたげて

緑の炎を中空に吹いた。

夜空に打ち上がったそれは無数に枝別れし、流星のように

里に降り注ぐ。

「あれは何をしているのだ」

「恐らく、人をあの鬼火で燃やし、命を吸う」

「なにっ」

「大事ない。」


無数の鬼火が一つ消え、二つ消え、一気に消失した。

桔梗の魁音撃がすべて消滅させている。

「玉杉殿、流石。」

「あの中尉か。」

「朧丸。仲間につなぎを付け援軍を待て。」

「もうつけた。お前と共に奴を殺すのが自分に課した任務だ」

言いながら朧丸は背後より金属製の円盤を取り出し、松の大木にあてる。

小さな爆発と共に円盤が打ち付けられた。そのまま樹木を蹴りあがり、

他の木に飛び移る。

鋲と呼ばれる鉄製の投射武器を片手にまとめ、一本ずつその尾に仕込まれた

信管の紐を噛んで抜き、投擲する。

鋲は百足の腹に食い込むと火薬の爆破が起きる。

大百足は血液を吹き出して身をよじる。朧丸に向かい、突進しようとした所、

朧丸は中空に飛び出し、張ってある鋼線を伝い別の樹木に移動する。

振りむいた百足の腹元に、変形上段に構えた悪兵衛が立っている。

強烈な士魂の滾りを感知した百足はその場から離れようとした。

「旭光」

悪兵衛の叫びと共にかすかに発光する衝撃の塊が撃ち出された。

朧丸は目をみはる。回転しながら空気を巻き込み打ち上げられた

爆壁は強烈な炸裂音と共に、大百足の胴節を半ば吹き飛ばした。

一瞬の後、大量の緑の血液を噴き上げる。が、損壊部は広がる事はなく

大百足の行動の速度は変わらない。

明らかに弥者への攻撃能力とは異なっている。

それは弥者と狗族の体内の組成物質の違いによって起きる

魁音撃への反応の差であった。

「腹を吹き飛ばして死なぬとは」

悪兵衛は憮然としながら、破双で曳航肢の攻撃をかわした。

朧丸は旭光の直前まで木々と社の壁を鋼線でつないでいた。

百足は動きを阻まれるが、顎肢で糸のように鋼線を斬り飛ばす。

その間も緑の炎を断続的に吹いた。

地面に飛び降りる刹那、朧丸は悪兵衛を見た。悪兵衛は頷く。


朧丸は大百足の正面に立ち、鋲を構えて狙いを定める。

百足は炎を吹きながら一度大きく伸び、真上から朧丸めがけて

牙をむける。瞬間、朧丸は鋲をうたず、手元の鋼線を引いて大きく

背後に仰け反り飛び上がった。その足下を悪兵衛が破双で突入する。

「旭光」

二度目の爆壁が打ち上げられ、大百足の頭部の半分を吹き飛ばした。

のたうち、うねる。社の境内が緑の血液で染まり、煙を噴き上げている。

「まだ死なぬか」

大百足の生命力に感嘆の声をあげる朧丸。鋲の残りは三。

旭光によって開けられた頭の損傷部をさらに爆破するつもりで朧丸は

飛び上がった。が、その下半身を曳航肢がかすめるように撃つ。

軽量の朧丸は吹き飛ばされた。

悪兵衛は血を吐き捨てながら、月旦抜きを琿青に打ち込む。

刀身より白煙があがり、金属音が低くなった。

「侍、旭光の残弾は?」

樹上より朧丸の声が響く。しぶとく生きる忍びの声に悪兵衛は笑顔を見せる。

「いち、だ。お前は戦えるのか」

「脚が折れた。もう飛べぬ」

大百足は悪兵衛に向き直り、とぐろを巻きながら攻撃の隙を伺っているようだ。

身体の損傷による能力の衰えを全く見せていない。

じりじりとにじみよる。悪兵衛はゆっくりと正眼に構える。

大百足との間に斜めに光る銅線が見える。

朧丸が吹き飛ばされた直後、苦無ともに放ったものだ。

ゆらゆらと揺れ、松の木刺さった苦無は今にも抜けそうである。

「悪兵衛!」

朧丸の声と共に悪兵衛は苦無の背に足裏を当て、蹴破を発動する。

爆破音と共に苦無が樹木内部深くに刺さり込んだ。

朧丸は鋼線を持ち渾身の力をこめて中空に飛び上がり、

百足の頭上を飛び越す。鋼線が回り込み、頭部を中心に振り子のように

鋼線を引きながら着地する。同時に打ち付けた金属製の円盤に鋼線を固定、

取っ手を伸ばし、回転させる。

火花をあげて鋼線が巻き取られ、頭部が引き寄せられた。

その眼前には、変形上段を構える悪兵衛が立つ。

「成敗する。旭光」

悪兵衛の怒号と共に三度旭光が射出された。毒煙を吹き飛ばし、

血の底から湧きおこるような轟音を上げて破壊の塊が打ち上がる。

大百足の頭部は跡形もなく、吹き飛ばされた。

ゆっくりと倒れ込み、悪兵衛の足元に遺骸を晒す。

歩肢が痙攣しながら蠢いている。

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