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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
41/210

七


奉納の儀は里の中央北の高台にある

水神の社で行われている。

三枝が宮司を務める本殿とは離れた場所であり、祭祀の為の場であった。


そのふもとの広場では篝火が焚かれ、夕闇が迫る中

里の人々、旅行者で混みあいつつある。

賑やかな祭囃子が響き、楽し気な人々で溢れる。

まつりの最後には中央の壇上に巫女が現れ、

祝詞と共に神楽を踊る事で奉納祭りは最高潮を迎える。

集まった男女はその時を待っていた。


つみは、神主四名と共に社の廊下を歩む。

最奥、水沓堂と呼ばれる瞑目室に向かっている。が、その表情はうつろで

足取りは覚束ない。神主の一人、初老の男が気遣う。

祭礼の重責に耐えかね、疲労が出たのであろうと労う。

神主達はつみが幼少の頃より見知っている人々であった。

堂内部に入る潜り戸を抜け、つみの動きが止まる。

蝋燭が燈され、仄明るい堂の中央、二人の人物が腰を下ろしている。

ゆっくりと立ち上がった。

「どなたか」

「ここで何を」

狼狽した神主達が誰何する。


「本閥、吶喊白兵衆参、不知火。」

「播磨悪兵衛少佐である。」

「同じく、玉杉桔梗中尉。」


鉢金に鬼門甲、純白の戦陣羽織、鉄製の肩当に琿青を差した

中規模以上の戦時の姿。不知火の完全装備、であった。


「宮司、三枝保麿、弥者もしくは狗族との関連が内偵の上判明した。」

「その娘、つみを今より吟味いたす」

悪兵衛の言葉により、さらに混乱する神主達、一瞬の呆然の後

口々に話し出す。


「黙れ」

桔梗の言霊が堂をつんざいた。その威力は悪兵衛より上である。

神主達は皆倒れ込み、尻もちをついた。

一瞬の暴風のような士魂の圧で、つみの全身から緑の炎が吹き上がり、

背後の祀られた祠に吸い込まれるように消えた。同時に木組みの神棚が

内部に吸い込まれ、ぽっかりと穴が空く。

つみは力なく座り込んだ。

「お見事。」

悪兵衛はにやりと笑う。桔梗の視線の先、空いた暗黒の穴に空気が抜けている。

人の頭が入るかどうかの大きさである。

「この先は?」

悪兵衛の鋭い問いに神主の一人が震え声で答える。

「ご神体が」

「水神様の洞に続いております」


一瞬の静寂の後、神棚がめりめりと音を鳴らして

壁ごとちぎられる様に内部に引き込まれる。

梁が折れ板壁が割れた。

一抱えもある、繊毛に覆われた昆虫の牙が、壁を食い散らかす様に

穴を広げていく。ついに壁の一角が崩れた。

内部の暗黒に三つの光源が一対光る。やがて緑の炎が噴き出され

照らされたそれは昆虫の連なった単眼であるとわかる。

壁一面程の巨大な昆虫の頭部に、

壁を食い破った黒光りする牙の生えた顎門(あぎと)。

その中心の口中より緑の炎が吹き上がっている。

頭部を振って空中にその炎を吹き出す。

いくつかの鬼火にわかれた炎は静かに堂に降った。

悪兵衛はそれを一歩引いて交わす。桔梗はつみを抱き、堂の端まで

待避する。混乱し、悲鳴を上げる神主達に炎は注がれ、

やがて皆倒れた。その身体に炎が燃える。その火勢は強く、火の海の

ようであったが、まったく温度は感じない。

「この炎は」

悪兵衛が神主を助けようと跪いた時、

炎が吹き上がり、暗黒の壁に吸い込まれていった。

神主は絶命している。

「人の命を吸っている。」

桔梗が眉をひそめいった。神主の死を知ったつみは、大叔父様と

悲鳴をあげた。

琿青の唸りがひときわ高く鳴る。

「玉杉殿、つみさんを表に」

がちがちと鍔を鳴らし、唸り声をあげる琿青をなだめるように

柄に手をかける。

昆虫型狗族は一度姿を消し、再度壁に激突する。頭部が露出するが

身体部がひっかかり、もがく。

三名は渡り廊下を走り、社の表に飛び出た。

石畳と玉砂利が敷いてあり、かがり火が社を浮かび上がらせている。

その背後は断崖、おそらく内部に水神の洞があり、

その為に造営されたものだという事がわかる。

内部より軋るような鳴声が聞こえ、緑の炎の塊が吹き出す。

上空に吐き出されたそれは、二つ、三つ、と別れその数を

増やしながらゆっくりと降り落ちる。

落下地点は人々が集まる中央の広場であった。

悪兵衛の脳裏に相撲を取った若者たちの笑顔、まわしをつけた子供達、

その家族、里の人々が悲痛な思いと共によぎる。

「玉杉殿、あの鬼火を」

「お主は」

「ここで奴を屠ります。」

「あれは超大型狗族だぞ。」

悪兵衛は背に負った戦旗を地面に突き立て、士魂を込めた。

無地の旗に白緑の炎が燃え上がり、くっきりと不知火の紋章が浮き上がる。

「護らねばならぬ。侍として。防人として。」

「お頭に命を預け、白くもゆる焔に誓いました。」

「いまこの時、民を守らねば。国を護らねば。」


「いってくだされ。」

「あの炎の数は玉杉殿の魁音撃でしか消滅させられませぬ」


桔梗は無言で立ち上がり、一度だけ悪兵衛の瞳を見つめた。

それで、充分であった。

つみを伴い、社から里へ続く石段を飛ぶように駈け下りていく。

宵闇にその姿は消えた。

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