六
前夜祭が始まった。
巫女と宮司による祝詞と共に祭礼が始まるが、
今年は巫女の三枝つみ一人による祈禱が行われる。その為に
父や神主達と何度も修練を積んできた。
つつがなく式が進みつつある。
同時刻、悪兵衛と桔梗は宮司、三枝保麿と対面していた。
布団から半身を起こした三枝は七十の老人のように見える。
目を落ちくぼみ、黄色く濁っている。肌は乾燥し皺が深く刻まれている。
薄い髪に、申し訳程度の髷。
「つみから、お二人の話を聞いております」
「この様な姿でお恥ずかしい」
消え入りそうなか細い声で三枝は語った。
二人は名乗り、長い沈黙が訪れる。
「水神様から、護りを得られるのは」
「ほんとうの愛情で結ばれた二人です。まずはお言葉を聞かせ願いたい。」
口裏を合わせたとて、桔梗にしても嘘を並べ、信用を得るような真似は
到底できない。悪兵衛はいわずもがな、である。
沈黙のあと、頬を朱に染めた桔梗が口を開く。
「みぶんが、違うと」
そういったきり、押し黙って俯く。三枝はその姿をじっと見つめている。
「播磨様はどう思っておいでか」
悪兵衛は三枝を見、畳に視線をおとし、また三枝を見返すが
紡ぐ言葉が出ない。重い沈黙があたりを満たす。
「悪兵衛、お主は私のために命をかけられるか。」
桔梗が前をまっすぐ見たまま言った。
道場の陽の中で笑う桔梗、皮が破け血がながれる我が手を握る桔梗、
土砂降りの中、涙を流して叫ぶ桔梗の姿が巡る。
「玉杉殿に、命を差し出します。」
悪兵衛は面をあげ、力強く言った。
三枝はそれを聞き、目をつぶり何かを呟いている。
悪兵衛は自らの言葉に自分でも驚いている。
「簡単な祝詞をあげまする」
「お二人に水神様の護りありますように」
三枝はよろよろを起き上がり、小麻を持ち、立ち膝で
祝詞を唱え始める。
流れ出すその韻律に心地よい物を感じ、やがて二人は目を閉じる。
三枝の瞳が緑色に燃え上がり、炎が噴き出す。
その口から言葉と共に緑の炎がこぼれおち、やがてその火は
全身を包んでいく。
「つみちゃんと」
「奉納の儀に」
「水神様のもとへ」
桔梗がうわごとのようにいった。その眼には緑の炎が燃えている。
悪兵衛も同様の意思を失くした表情である。
「水神様のもとへ」
「玉杉殿と」
「そうだ。わが娘と共にお前たちは贄となる。」
「愛に包まれ、善き魂となりて里を護る」
すでに、宮司三枝保麿の声色ではない。低く、しわがれている。
「奉納の儀と共にお前たちは水沓堂の扉を開き、水神の元へ」
「喝!」
桔梗の怒号が響いた。悪兵衛が立ち上がり、静かに宮司に近寄る。
すでに二人の瞳の炎は消えうせ、力強い光が漲っている。
三枝は驚愕の表情で目を見開きながらも、鼻腔と口から炎を上げ続ける。
「殺すな。吐いてもらう。」
桔梗の言葉に悪兵衛は頷きながら、
三枝の胸倉を掴み、腕を固めようとした。
瞬間、全身を緑の炎が吹き上がり、三枝の身体から抜け出て
背後の神棚に吸い込まれるように消えた。
三枝は意識を失っているだけのようだ。が、重篤な状況であった。
「弥者か?」
「いえ、破常力にしては弱すぎます。ただ、士魂を持たぬ者であれば」
「操られるであろうな。」
「水神と呼ばれる物は何なのだ。」
「わかりませぬ。ただ、それが密かに人間を殺し続けていたのでは」
「宮司がそれを?」
「自らの意思ではないでしょう。娘を差し出そうとしております。」
「つみちゃん」
「恐らく三枝つみどのは時限式の暗示をかけられています。」
「我らと共にある時刻にある場所へいくように。」
心優しい少女を思い浮かべ、桔梗の心は痛む。
「どうすれば」
「旅籠に戻り、武装します。」
「ならぬ。」
「こたびの内偵は、視察と調査のみだ。単独での戦闘は禁じられている。」
桔梗の額に汗が浮かんだ。人員の追加を断ったのは自分なのだ。
報告と援軍を待たねばならない。
「調査の任務は遂げました。状況が変わったのです。」
悪兵衛は桔梗を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。
「佐官権限において、武装し敵を殲滅する事を宣言する。」
「よろしいか?玉杉中尉」
「承った。」
悪兵衛は、いつもの屈託のない笑顔を見せた。
「ま、大丈夫でござるよ。」
*
二人は旅籠への道を急ぐ。
様々な考えが巡るが、敵の正体を掴む情報が一切無い。
何もわからない状態で戦闘に入るのは余りにも危険だが
桔梗は前を歩く大きな背中を見つめ、ふと笑みを漏らした。
「悪兵衛。」
「お主、命を差し出すと申したな。」
「はあ」
「まことか」
「はあ」
気のない返答を聞きながら桔梗は悪兵衛の尻を足の甲で蹴りとばした。
悪兵衛は前につんのめる。
「入隊の時の、お返しだ」
尻をさすりながら悪兵衛は困った顔をしている。
「では、お返しのお返しは出来ないでござる。」
「玉杉殿には、大変世話になっており、拙者」
悪兵衛の言葉の途中で桔梗はもう一度、尻を蹴った。
「玉杉殿~」
悪兵衛の泣き声に、桔梗は明るく笑った。
その二人を編み笠姿の朧丸が見つめている。




