五
奉納祭りを明日に控えている。悪兵衛の膝もようやく動くようになった。
旅籠の座敷で朝食をとりつつ、二人は相談をしている。
「行方不明者の近親の者と話しをしましたが」
「何の訪れも書置きもなく、祭りの前後二、三日で逐電したと。」
「それでは、つみが言っていた宮司殿への相談とは。」
「そこで、近親の者でなく、ごく近しい友人に聞きましたところ、
宮司へ相談してみるといっていた者が四名いました。その相手含め八名。」
「すべて相落ちした者か」
「はい。」
悪兵衛は漬物と葱の味噌汁、卵を飯にかけて三杯食べ
落ち着いている。
「何もいわず、宮司に会いに行った者、旅行者も含めると相当な
数になりそうだ。」
「宮司が何かを握っている。しかし、我々は不知火の内偵であって
同心ではない。これ以上踏み込んでよいものか。」
しばし二人は考え込む。
「月光が来ています。」
「隠密諜報部隊が出張っている以上、お上は弥者もしくは狗族の
関与を考えての事だと思います」
「よし、三枝つみと会い、宮司との面談を決める。」
「お主は待機せよ。」
「しかし」
「膝を治せ」
不満顔の悪兵衛を残して桔梗は発った。
*
悪兵衛は相撲を通して知り合った若者の一人の家に赴く。
その者の父は古道学を研究し、この地の歴史を編纂しているという。
若者に快く招き入れられ、父から話しを聞く事が出来た。
悪兵衛の目的は水沓奉納祭りの起り、由来等なにか有益な情報であったが
各地に残る祭りの風習とさして変わる内容ではなかった。
豊作、水害からの守り、一族の繁栄を神に感謝する祭りである。
はるけき昔、一組の男女が人身御供となり豊穣を祈った事から
参加した男女の愛情が深まるという付加がある位か。
しっかりと話を聞き、若者の家を退去した。
堀の中の鯉に餌をやる母子の姿があり、子が「相撲のあんちゃんだ」という声にも悪兵衛は気づかず、険しい表情を浮かべ歩く。
悪兵衛は直観で感じている。
行方不明になった男女は殺されている。
恐らく宮司、もしくはそれに繋がる者。
「弥者」
宮司との面談が成しえるのなら、琿青を揮わねばならない事になる。
悪兵衛の目の光が強くなり、その足取りも早くなった。
*
「明日、宮司との目通りが叶う事になった。」
「午前中、祭礼が始まった頃にお主と二人で会う手はずになっている。」
火も暮れかけた旅籠の居室で、悪兵衛と桔梗が語り合う。
「承った。玉杉殿、宮司が鍵なのであれば弥者の可能性が高いと思われます。」
悪兵衛は刀袋に入った琿青を前に置いた。
「魁音刀は置いていく。」
「なにゆえ」
「宮司が弥者の可能性はある、が。帯剣してはいかぬ。」
「私とお前は、道ならぬ恋に落ち、宮司に相談しにいくからだ。」
「は?」
桔梗の顔がやや赤らみ、生真面目な表情になっている。
「ばか、そういう体裁をとったのだ。そうでなければ深い病の宮司と
会う事、かなわぬ。」
「三枝つみの話でそれしか方法はないと思った。我らが詰問する形では
真実が掴めぬかもしれぬ。」
「はあ」
「しかし玉杉殿と道ならぬ恋とは。」
桔梗は間抜け面の悪兵衛から目をそらして、傍らの文机を引っ張り
本日の報告を書きとめる。
「我等は、結婚の認められぬ仲、という事だ。」
「はあ。」
「お前は家で預かっている武芸者、私はその家の娘、だ。」
「はあ。」
桔梗は筆をおいてため息をついた。
「よいか、お主は宮司の前でしゃべってはならぬ。口裏を合わせても
絶対にぼろがでる。」
「承った。」
(嘘偽りの無い男とは思っていたが、これほどに不器用だとは。)
桔梗はとうとう苦笑する。
「これは」
悪兵衛は部屋の隅にまとめられた鎧櫃、鉄環で補強された行李
を認めた。そばまでいき、櫃を開け、目をむいた。
「本日、早馬で届いた。随獣であったぞ。」
輜重隊が物資の補給を行うために随獣を使役する場合、
それは一刻を争う差し迫った状況という事である。
装備品を確認した悪兵衛は目録と見比べる。
その額には、じわり、と脂汗が浮かんだ。
「刑部殿、何をお考えなのか」




