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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
38/210

四


水沓奉納祭りまであと三日。

その日も二人は情報を得るために里を巡った。

午後になり別行動をとる。悪兵衛は武家の親子の家に邪魔をし、

行方不明者の家族を聞き出した。夕食を共にし、

とっぷりと日が暮れた頃、番役の屋敷を出た。

旅籠に戻り桔梗に報告せねば、と脚を早める。

着流し姿に下駄ばきで、暗い路にから、ころ、と音が響く。


「播磨悪兵衛」

商家の厩舎裏を通り過ぎようとしたとき、闇の中より声をかけられる。

「不知火、頭目だな。」

帷子に袴、編み笠姿の武芸者然とした男が柱の陰から現れた。

「いかにも。お点前は。」

「隠密」

編み笠を男は脱いだ。思いのほか若い。鋭い目つきをしているが童顔で、

肩までの総髪が波打っている。同年代の少年に思えた。

「隠密は姿をみせぬ」

「月光、だ。」

その名を悪兵衛は蔵書で見、灰音に聞いた事があった。

幕府直属の工作隊で、焦眉の急に派遣される隠密諜報部隊である。

「卍組、朧丸。」

男は背に負った刀袋を下した。

「仕合を申し込みたい。」

「それはまたなぜだ。」

「頭目のお主の噂を聞いた。個人戦闘に特化しているとな。」

「我ら卍組は格闘を旨とする。その腕、確かめてみたい。」

朧丸は、にやりと笑った。

「承った。尋常に勝負。」

悪兵衛は小物をいれた風呂敷包みを置き、下駄を脱いだ。

「まさか一介の忍びの相手をしてくれると思わなかったぜ。」

朧丸は意外な表情をしながら刀袋を放る。

受け取った悪兵衛は二本入っている木刀のうち、長刀をとって

投げ返した。

正眼に構える悪兵衛と小刀を逆手に持ち、その前に印を結ぶような

平手を構える朧丸。どちらも、余計な力の入らない自然な立ち居で

ある。悪兵衛が無造作に振り上げ、袈裟に木刀を落とす。が、その速度は

尋常ではない。振り下ろされた芝生が大きく波打ち草が舞った。

朧丸が消えたかのように見えた。刀の軌道上からわずかに身を反らせ、片手で

後方転回をし、避けた。悪兵衛は一歩踏み込み、逆に薙ぐ。

止まらず後方転回でそれも避け、後方捻りで飛びながら小刀を突き出し、

悪兵衛の三度目の剣を払った。

経験した事のない体術の冴え。練度をあげた技であった。

一瞬、悪兵衛は攻めあぐねる。そこで朧丸は一足で距離を詰め、小刀を

構える。悪兵衛はその攻撃に備えた。

踏み込んだ朧丸は、蹴った。

悪兵衛の膝の真横、筋肉で覆われていない箇所である。痺れが襲った。

が、戦闘力を削ぐほどではない。悪兵衛は構わず刀を振るう。

朧丸は小刀で受けた。その感触は、それほどの膂力を感じさせず圧力もない。

道場で出会う凡庸な剣士のそれであり、悪兵衛は拍子抜けした。

木刀を押し返し、距離を取ろうとする、その時朧丸は逆の脚で

下段回し蹴りを繰り出す。膝横を内側から蹴られた。

脚ががくり、と力が抜ける。

距離をとった朧丸は、小刀を投げつけた。

まっすぐに眉間を狙って放たれたそれを、悪兵衛は木刀を立てて受ける。

刹那、三度目の蹴りが膝横を撃った。

しびれが脚全体を襲い、力が入らない。飛びついてきた朧丸の距離は近く、木刀で払えない。悪兵衛の肩に手を置き、大きく空中で捻りながら回転、音もなく着地したその手には、投げ打った小刀が握られている。

(剣をなげつけるとは)

侍と大きく異なるその戦技に悪兵衛は瞠目する。その技術と戦闘力に

奮い立つた。

大きく刀を変形上段に構える。瞳は燃え、体内に士魂が充溢していく。

脚の痺れは取れず、踏み込めるのはあと一度だろう。

悪兵衛の瞳と、その構えに本気を感じた朧丸は上下に身体を揺らしながら

その一撃に備える。

悪兵衛が遠い間合いから剣を振ったかに見えた。

木刀は一直線に朧丸の胸にめがけて飛来する。一瞬、その突飛な行動に

逡巡したが、小刀で木刀を払う。破双で悪兵衛は一気に距離を詰めた。

朧丸の首裏、脊髄に手をまわし、逆の手で片足を抱える。

組打ちか!と思う間もなく、高速で身体が回転、その遠心力と悪兵衛の

膂力、二人の体重が打撃となって地面に激突する朧丸の背を撃った。

胸骨がおしつぶれ、肋骨がたわみ、肺が圧迫された。

悪兵衛の得意とする組打ちの一つ、「獲投げ(とりなげ)」であった。

呼吸不全となった朧丸は必死に小刀を持ち直し構えた。

その眼前に木刀を朧丸の首筋にあてた悪兵衛が立っている。

朧丸はにやりと笑い、木刀を避けるように回転しながら立ち上がり、

後方転回で距離をとった。まだ呼吸で出来ていない。生物としての危険信号を

凌駕する戦闘への意識。悪兵衛は木刀を下した。

「体術の 覚え も」

「あるのか」

ようやくわずかに呼吸を取り戻しながら、朧丸は不敵に嗤う。

「やられ たぞ。」

「朧丸、お前の蹴りで俺の膝も限界だ。」


「侍の癖に刀を投げるとはな」

編み笠を拾い、小刀を腰にいれる。その刹那、膝をおとした朧丸は消えた。

一瞬の暗がりに入ったとき、黒い帷子の背を見せて、飛び上がったのだ。

目の錯覚を利用した逃走術であった。

松の樹上から声がする。

「烈火の侍。とくとその力見せてもらった。礼をいう。」

樹上から家屋の屋根に移動し、月光を背にして言葉を残す。

「次は、「旭光」を見せてもらうぞ」

朧丸はその姿を消し、静寂が訪れた。


残された木刀に風呂敷包みを通し、肩にのせて悪兵衛は

歩きはじめる。片足を引きずっている。


旅籠の明かりのもと、玄関で桔梗が迎える。

悪兵衛の様子に驚き、変色した脚を見て悲鳴を上げる。

庭の井戸水で脚を冷やしながら、桔梗は悪兵衛の報告を

うなずきながら、聞いている。

何度か悪兵衛とやりとりし、

立ち上がって悪兵衛の頭にげんこつを落とした。


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