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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
37/210

三


湖畔の東屋で悪兵衛と桔梗は向かい合い、

それぞれの情報を伝えあう。

陽光を映す湖面から爽やかな風が吹く。


「三枝つみは、父が祭りにたてなくとも、奉納は行うといっていた。」

「左様ですか。」

「内々に、宮司殿は交際を許されていない男女の相談を受けていたそうな。」

「何としてもそれは行いたいと言われている。」

「つみは歩くこともままならない父の身を案じ、留めているが。」

「相談を受けた方は行方不明に?」

「確実にそうとは言い切れぬが。」

「相落ち、ですか。その家族や、よく知るものを探してみます。」

相談にひと段落ついた頃、悪兵衛の腹が盛大に鳴る。

「これは、失礼しまして。」

「昼がまだで」

頭をかきながら白い歯を見せる悪兵衛。桔梗は風呂敷から弁当行李を

ふたつ、出した。

「用意してきた。」

「おお、これはありがたい。」

悪兵衛は押し戴く。蓋をあけるといびつな形の握り飯が二つ。

ごまが掛かっているものと、鰹節を混ぜ込んであるもの。きゅうりと蕪の

新香がふたきれずつ入っている。

手を合わせ、弁当をつかいはじめる。薫風が笑顔の二人の髪を揺らしている。

「お、煮魚が入っている。」

「旅籠の台所からわけてもらったのだ。」

悪兵衛の食する様子をちらちらと見ながら桔梗が心配そうに言う。

「どうだ?」

「うまい。ものすごくうまい。」

大口をあけて握り飯を食べる悪兵衛をみて、桔梗はすこし笑った。


「あれは」

水辺にいきものがいる。カワウソと猿を混ぜたような体つきに、

甲羅を背負っている。

いつのまにか東屋の二人を見ていたようだ。体表の薄茶の毛が乾き始めている。

いきものはひょこひょこと近づき、腰かけに乗りあがって、弁当を見ている。

「なんだこやつは」

「河童だね。」

「話には聞いた事がありましたが、初めて見ました。」

河童は素魂(すだま)と呼ばれる動物の一種で、超自然的な力を使う

事で知られる。狗族に近い生物だが、人間に対する敵愾心は一切ない。

人里近くの川辺や湖でよく見られていた。

けえ、けえ、と小さい鳴声をあげて悪兵衛の弁当に指をさす。

「なに、きゅうりが欲しい?」

「いかん。これは玉杉殿より拙者が賜ったもの。断じてわたさん。」

「じゃあわたしがあげる。ほれ」

桔梗は微笑んできゅうりを河童に渡した。両手でもって大人しく

食べている。

「図々しいやつだ。」

「お前がいうか。」

もうひとつのきゅうりを食べて、河童は満足したようだ。

東屋から続く桟橋にでて、けえと鳴いた。

「相撲?」

「そうそう、河童は機嫌がいいと人間と相撲を取るんだよ。」

「悪兵衛、腹ごなしに相手をせよ」

笑いながら桔梗はいう。不満顔で悪兵衛は立ち上がった。

河童が立ち上がっても、幼年組の小さな力士ほどの大きさで

悪兵衛の膝程までしかない。桔梗が喜ぶので相手をしてやるか、

という表情で悪兵衛は手をつき、組み合った。

簡単に悪兵衛は投げ飛ばされて、頭からおちた。

何が起きたのかわからないが、東屋で桔梗が手を叩いて笑っている。

「なんだ?くそ、もう一度」

悪兵衛は河童に膝にくみつかれ、くるりと回されて背中から

倒れる。わけがわからず、呆然とする。が、立ち上がった。

「こやつ、破常力めいた力で」

悪兵衛は静かに呼吸し、士魂を練る。下腹に力をいれて河童に組み付く。

小さな河童の手で巻き込むように操られ、湖に投げ込まれた。

まわりに何匹か見物の河童があつまっており、けえ、けえと笑っている。


濡れ鼠の悪兵衛はげんなりしている。足元にはぽたぽたと水が溜まっている。

「河童はね、士魂をもつ人間を操るんだよ。」

「だから侍は相撲で勝てない」

笑いつかれた桔梗はようやくからくりを教えてくれた。

「子供は自然と体内に八百万の力があって、河童とすごく良い勝負に

なるんだって」

「大人になって八百万がなくなると河童は相撲をとってくれないの。」

「ひどいでござる」

桔梗はまた笑い、手ぬぐいで悪兵衛の頭を拭いた。


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