五
教室では女教師の宇田川がやや頬を紅潮させて学徒に話している。
傍らに安曇が控える。
「来週末に年間優秀生の発表会があります。」
「それに選ばれた人がこの教室にいます。これは大変喜ばしいこと」
ざわつく上士の子らと、あらぬ方向を視たり、俯いている郷士の子達。
「年間優秀生?」
「毎年選ばれるんだ。上士からね。」
苦笑いしながら小源太は悪兵衛に答えた。
「何をもって決めるんだ」
悪兵衛の前の席の郷士の子、佐野が小声で答える。
「学年成績は俺が一番だった。小源太は道場で免状を受けた。一番若いそうだ。」
「それでも上士が優秀なんだとさ。」
皮肉屋だが頭の切れる佐野が自重気味に笑いながら告げた。
宇田川が楽し気にあれやこれと十字朗に教えている。愛想笑いをうかべて
頷きつつ、悪兵衛の視線に気づいた十字朗はべぇ、と舌を出した。
昼、このごろは何人かの子らで席をあつめて悪兵衛と共に弁当を食べている。
いつも茹でた芋か、具のない握り飯しか持って来ない悪兵衛に、級友たちはそれぞれおかずを分けてくれた。
「悪兵衛、たこ」
「ほれ、さやいんげん」
「悪兵衛、かまぼこ」
豪華になった弁当を前に、いつも深く礼を言う悪兵衛をみな屈託なく笑った。
上士の子らは空き教室にたむろし、小物が持ち込んだ料理を食している。
この気の良い級友達がいずれ弥者に変貌する様を想像し、悪兵衛は眉をしかめ
黙して大きく息をついた。
教員室では十字朗が朴葉に包まれた茹でた芋を食し終えた。
(和尚殿は、弁当を作ってくれるのはありがたいんだが)
(こう毎日芋と握り飯だけでは)
多少うんざりしながら、毎日嬉々として弁当を受けとる悪兵衛を思い出し、
一人笑った。
「お食事おわり?」
楚々とした絹江が横の席に座る。いつも昼は外で友人と済ませているらしい。
「は。いただきました。」
「なかなか安曇先生と校外でお会いできませんね」
女生徒のような童顔ながら年上の絹江の八重歯の覗く笑顔に、十字朗はいつも
だらしない顔で受け答えしている。
「昨日ね、母から大きなお魚届いたの。」
「でもお料理しても一人ではいただけなくて。」
「安曇先生、今夜、家にいらっしゃらない?私お魚のお料理得意なんです。」
おおきな胸を揺らしながら、明るくはなす絹江につい十字朗も答える。
「はあ、ぜひとも」
すこし頬を赤らめて席を立った絹江を見送りながら、にたにたと笑った。
「安曇先生、景台寺のご住職が」
事務員に呼び出され、十字朗は嫌な予感がした。
*
午後の授業を早退し、悪兵衛と十字朗は手習い所の門を出た。
「住職が?」
訝しむ悪兵衛に十字朗は懐の書付をわたす。
(しらぬいのおえらいさまいらしてます)
文字を目で追い、十字朗と顔を合わせる。
「まいったな。風祭副長か」
「定期の報告をしておらんかった」
「御目玉を食らいそうだ」
恐ろしい副長の顔を思い出し、二人の足取りは重い。
小まめな連絡や報告は二人の特に苦手な作業で、たびたび叱責を受けている。
「美浪か一真あたり来てくれれば助かるんだがな。」
悪兵衛の愚痴に、ふと十字朗は考え込む。
「どうした?」
「うむ…今回は調査が名目のはずだが我々だけの人選はいかなるものなんだ。」
「確かに。聞き込みや内定調査ならば俺たちより適任がいる。」
「刑部殿のご深謀とは思うが…」
「わからん。悪兵衛、力うどん食っていこう。」
「弁当を食ったではないか。」
「芋だけで腹が膨れるか。くわんのか」
「食う」




