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不知火戦奇  作者: tsuru hiroki
25/210

四

学校生活を送る中、特にひどい扱いを受ける郷士の子らと悪兵衛はよく話した。

なかなか語りたがらない内容ではあったが、横山を病院送りにした事、

神田に普段からへつらわない態度で悪兵衛は徐々に信頼されていった。

剣術においては優秀で、正大な性格の小源太と悪兵衛が仲がいいのも

良く作用した。

彼らが意を決して悪兵衛に伝えた事、それは親族から弥者帰りが出たという

事実だった。

またその事から近い親類、会ったことも無いような結縁の者まで、およそ血族と呼ばれる人々が爪弾きにされ、迫害の対象になっていた。

それは子だけでなく親の職場でも起きている。

あれ以来、神田は横山をつれ、悪兵衛には近づかなくなったが、

人の目のない所で小源太へのいびりは続いていた。


悪兵衛は郷士を蔑む言動を発していた上士の上級生を三名捕まえ、

寺に連れ込んでしこたま殴りつけた後、会話もした。彼らは快く受け答えした。

「郷士は弥者帰りを生む汚れた一族の者だ」

「皆言ってる。父も母も」

「見た事は無いが正しい事だ」

瘤を作り、鼻血を流しながら三者は一様に語った。その言葉に嘘はない。

が、その話に根拠は無く、流言の類に等しい。

それが根強くこの土地に蔓延している事の空恐ろしさを感じた。


十字朗は蔵書の中で藩政に関する文献を調べ、またその当時者であろう郷士や上士の家に赴き、上士赴任後の藩のありようを精力的に調べた。

そのおかげか、教務はそこそこでも、研究熱心な学者肌の先生として教員内でも認められる。年配の教員達に何かと協力を仰ぐ事ができた。

特に先輩である吉野絹江はさまざまな事柄をまめに伝えてくれた。

ただ、酒色に誘われ彼女の色香に前後を失いそうになる事も度々あったが、

毎日の悪兵衛との報告と稽古で吹き飛ばしていた。


道場にて稽古を終えた二人は、木刀を手ぬぐいで拭きつつその日調べた事

を報告している。悪兵衛が静かに語った。

「弥者帰りした郷士は、わかった限りではかなり優秀な人物だったらしい。」

「一族の中でも誉と呼ばれるような」


それゆえ、人類を裏切る所業とも言える弥者帰りに身を落としてしまった事の

落胆は、残された一族にとって苦痛以上の何物でもなかった。皆、その事を話したがらない一因である。悪兵衛の沈黙は血族の苦悩を物語る。


「お前が学友から聞き出した弥者帰りした者達の足跡を調べた。」

「たしかに学問、武術において優秀で藩の礎となるべき人材であったようだ。」

「だがことごとく外遊や修行の名目で放逐され、

藩の要職に就くことは許されていない。」

「その為といっていいかどうかはわからんが、ほとんどの者が幕府の官僚になっている。この田舎の藩の役職とは比べられぬ要職だ。」

「故郷に錦を飾ったといえるな。そんな者がある日、弥者帰りを起こす」


「なぜだ」

心優しい学徒達の顔を思い出し、悪兵衛は吐き捨てるように言った。

「小源太たちは毎日勉学に、武術に精一杯努力している。それが認められず、

迫害され続けるのは、なぜなんだ」

十字朗は腕組みをし、じっと考えている。

「俺はこの推量をすること自体避けてきた。口にするのも嫌だからだ。」

「弥者になりやすい人間がいるという事なのか。その生まれで決まっているという事なのか」

十字朗は目をつぶり苦渋の表情を見せた。悪兵衛が答える。

「上士共をこずいて吐かせたが、とにかく郷士の血は汚れていると奴らは言う」

「絶えず監視し怠惰な者は鍛えなければならないという一点張りだ。」

「親から伝え聞き、子もそういった仕打ちを続けているが、その根拠は、ない」

その言葉を聞き、十字朗の額に朱が差し、こぶしを握った。


「汚れた血など、ない」

見開いた眼が燃え、全身から士魂が吹き出す。

道場にかけてある木刀が振動で揺れた。

「血によって、人間の価値が決まるなど」

「あってはならん。あってたまるか」

悪兵衛は温厚な十字朗のここまでの激昂は初めてみた。

いつも、冷静で賢く、強い侍であった。共にした戦いの中でもこんな姿はない。

悪兵衛は十字朗に向き直る。

「十字朗。」


「すまぬ、俺はこどもの頃から差別を受けた。だからその理不尽がわかる」

悪兵衛は十字朗の横顔をみつめじっと待つ。話したくない事ならばそれでも良い。

この戦友の傷を少しでも埋めることはできないかと、思う。


「俺の父は、異人だ。宣教師だった。武家の女だった母と駆け落ちした。」

「父は俺の生まれる前に西洋に戻った。国元に異変が起きたと。」

「俺は母と共に暮らしたが、異人の血が流れている事を、殊更に疎まれた。」

「母は亡くなるまで父を恨む事はなかった。」

「俺の名である十字はその宗教の旗頭だそうだ」

「俺は」

「日の本の人に非ずと言われ続けた。」

「だが今、侍として国を護っている。人々を守っている。」

「血や、生まれで、人間の価値は変わらぬ」

絞り出すような十字朗の言葉に、悪兵衛はうなずいた。

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