三
怯えるモウカ号が落ち着きを取り戻した頃、随獣番に任せて二人は本部の門を
くぐる。夕食に番町の表街道に繰り出したのだった。
玄嶽本部にも隊士向けの食堂はあるが、いつも坊主頭の巨漢でごった返している。
たえず風祭の横に恐縮しながら座り込む者が多く、やや辟易していた。
「玄嶽の隊士達は玲さんと話したいみたいですけど、何も言わずに食べ続けるか、
ちらちら見るだけですね。」
「ちと鬱陶しい。今夜は私の好きな鍋を食べに行こう。」
「はい。何というお鍋なのですか?」
「柳川だ。」
「あ、私も大好きです。」
うきうきとした桔梗の顔をみて、風祭の気持ちも解れる。
「モウカの反応に驚きました。」
「うむ。狩羅少将を恐れていた。あの勇猛な子が。」
「なぜ少将をあんなに怖がるのでしょう。」
「あの反応はモウカだけではない。狩羅少将の特有の御力と聞く。」
きょとんとした桔梗の顔を見て風祭は少し考え込んだが、やがて口を開いた。
「あまり表立った話ではないが……。本閥主将はそれぞれ隊の長たる能力と共に
強力な異能を持つ。狩羅隊長は随獣に対する影響力がずばぬけて強いと聞く。それ故、環太積……。いや、いい。」
話の途中で口籠った風祭を、桔梗は慮った。
「玲さんは、狩羅少将が苦手のようですね。」
「お前には隠せないな。確かに苦手、というか何か強い力を感じて一歩引いてしまう。人からは感じない空恐ろしさがある。」
苦痛を反芻しているような風祭の横顔を桔梗は見つめる。
「玄嶽の呉越隊長はいかがですか? 」
「実直で厳格なお方だ。岩のような、というか岩が声を発しているような」
風祭の言に桔梗は声をあげて笑っている。
「環太積の誓野隊長はどんなお方ですか? 」
「そうだな。厳しいお方だとは思うが、実の所御頭によく似ている。長く戦列を共に
されていたそうだが。」
「直接お話した事はないですが、とても怖いお方に見えます。」
「うむ。」
「じゃあ、玲さんにとって、御頭はどんな方なのですか? 」
「御頭は、御頭だ。」
桔梗の問いに風祭はすこし困った表情を見せる。
「きさまら、ってやんでえ。」
突然の桔梗の伊庭の声真似が思いのほか似ていて、風祭は吹き出して笑った。
*
番町の外れ、瀟洒な造りの料理茶屋に本閥主将達の姿があった。
暁輝隊長の狩羅光臣、副長の宇都見双角。膳を挟んで玄嶽隊長の呉越蒙尊、
参謀長及び副長の遠山勘解由である。
狩羅は酒を一息に飲み干し、小さくため息をついた。呉越はその様子を窺いながら、
合わせるように杯を空ける。
「呉越殿はいかがお考えか。」
「概ね、狩羅隊長に同意しておる。」
「幕僚の意図が掴みかねる。」
武官でありながら、異色を放つ程の冷静さで滅多に感情を面に出さぬ狩羅の
静かな怒りを感じる。
両隊長の思惑は、危険を伴いながらも統合観閲式を行う事の是非であった。
暁輝は要人の空路での移送は出来ない。
それは瑞獣が士魂を持たぬ者の搭乗、運搬すら拒絶するからである。
これは、いかな絶大な影響力を持つ狩羅でも使役叶わぬ。
それ故、護衛業務につく本閥隊士の幇助としてしか任務を全うできない歯痒さが
ある。
玄嶽は大掛かりな全隊の移動による防衛力低下の危惧、またそれに伴う活動予算の確保、というより、尤も支援が厚い和賀藩に頼らざるを得ない経済状況が好ましくない。
が、絶対君主制である日の本において、上意を覆す事は叶わぬ。
「それ程までに、新型塊音兵装の披露目に重要な意味が。」
「知っての通り、内実はお上と幕僚長、開発担当の浪華技研しか知らぬ。このような厳しい緘口令は初めてだ。」
「戦の趨勢を握るという事に真実味が出て参りました。」
「左様。が、官僚の出した護衛計画は」
「このような。」
呉越の言葉を受け、遠山が膳の器から、ひょいと蓮根のあんかけを摘む。開いた穴から、たれがぽたぽたと落ちている。その場が少し和んだ。
「双角と共に護送日程の変更と人員配置の穴を埋めまする。」
「からし、でも詰めると良かろう。」
馴染んだ食物に例え、呉越と狩羅はしばし笑い合う。
二人は同郷であり、元は環太積所属の上司と部下であった。
一刻程酒食を共にし、狩羅が席を立った。
「それでは、呉越殿。」
「うむ。光臣。不知火、環太積共に思惑を同じくしている。信じる事だ。」
暁輝隊長は深々と頭を下げ、宇都見副長と共に退席した。
遠山が呉越の杯に酒を満たす。
それを持ち上げると、しばし行燈の灯を見つめた後、杯を置いて目を瞑った。




