二
柔らかな春の風に桜の花が揺れている。
中庭の小振りな樹の根元によく手入れされた沈丁花が咲き、可愛らしい紋白蝶が
ひらひらと舞っている。穏やかな風景に反して、庭に面した作議の間から刺々しい声が漏れる。
「馬鹿な。観閲式を取りやめよと申すか。」
「御意。総合的に見て、ですが。」
「それは少将、論点に相違があろう。いかに安全に行うかという議である。」
「その安全をしかと約定できませぬ。」
観閲式の壮行、もしくは開催自体に異を唱えている男は、狩羅光臣少将。
暁輝隊長である。
真紅の陣羽織に灰色の総髪、厳しい面差しに、眼下から顎にかけて黒ずんだ薄紫の異様な紋様がある。年齢は四十八と、本閥隊長の中ではもっとも若い。
それに対し声を荒げているのは、幕僚付きの官僚達であった。将軍と老中と呼ばれる
上級幕僚の護衛計画を立てているのはその者達と本閥主将である。
統合観閲式の挙行が決まり、この一月はその綿密な計画と施行に追われていた。
「不知火はいかがか。風祭大佐。」
風祭に水を向けたのは取りまとめの老中、黒田左近。齢六十の意気軒高な主戦派
である。
「護衛計画に沿って、戦闘はとりまとめます。敵がいかな数で攻めてこようと
すべて退けます。」
凛とした風祭の声を聞き、黒田はほくそ笑む。
「しかし、先行調査している我が隊の者が東京に戻るのが前提であり、伊庭隊長も現在戦闘に参加している状況です。」
「また、遭遇戦、殲滅戦、制圧戦であるならいざ知らず、観閲式の計画が事前に漏れていると分かったいま、弥者がどういった破常力を駆使する者を立ててくるかわかりませぬ。」
「どういったとは。飽和破常力を行使する弥者は、本閥の侍達が制圧するのが
本分であろうが。」
「対人類戦闘のための表立った破常力であるならば。しかし、要人の暗殺を
目的とした特殊な能力を使用された場合、対応は後手になります。」
風祭の言に、作議の間の官僚六名は押し黙る。
「観閲式を挙行するのがお上と幕僚中枢の意思であるならば、従う。
だが、それに纏わる防衛上の危惧は飲んでもらう。その上で、だ。伝える役目は
お前達に相違なかろう。」
玄嶽隊長、呉越蒙尊少将の低い雷鳴のような声に、官僚達は冷や汗を浮かべて
頭を下げた。
環太積副長、不破典命准将が互いの言を静かに聞いている。
*
午後の作議を終え、風祭と桔梗は斎藤少佐と忠右エ門を見送った。
しきりに風祭を搭乗させようとする忠右エ門には一苦労したが、以前のような
騒動にはならず、風祭は胸を撫で下ろした。
それを見計らい、モウカ号が随獣番によって宿舎に戻された。
静かな目をしているモウカ号の首筋を風祭は撫でている。
「桔梗に付き合わせてしまってすまないな。」
「いいえ。モウカは落ち着いていますね。玲さんの気も知らずに。」
くすくすと笑う桔梗につられて、風祭も苦笑を漏らした。
突如、モウカ号の鬣が逆立ち、口中より噴煙のような息が漏れる。小さく嘶き、
踏鞴を踏み出した。全身が薄く発光している。
「どうした? 何を恐れている。」
風祭も愛獣の変異に驚きながら声を掛けた。
「感情の抑制が未発達のようだ。」
二人が振り向いた先に、狩羅少将が佇んでいた。
逆光の中でその灰色の瞳が異様な光りを発し、モウカ号を射すくめるように
見つめている。
モウカ号は首を振り、呻くように咆えながら後退しようとする。
「まだ、若い。」
狩羅が手をゆっくりと振ると、モウカは膝をついて首を下げた。
初めて見る反応に驚きながら、二人は敬礼をした。
「良い随獣ですね、大佐。」
「狩羅隊長。」
狩羅は、その感情のない瞳で桔梗に視線を送る。
「玉杉桔梗中尉であります。」
「ああ、貴方が。」
「大佐と共に、護衛任務に尽力をお願いします。」
二人はもう一度敬礼する。
緩やかに答礼した狩羅は静かに去った。




