蜻蛉
序
本州西端の軍都、那賀斗の南、須鶯宿。悪兵衛ら別動隊はスバルノミコト率いる弥者の工作隊と激しい戦闘を繰り広げた。時はその決戦の二日前。
北上した街道沿いの幡殖宿。不知火本隊は、侵攻してきた弥者、狗族との全面的な戦争に突入する。そのさなか参謀、灰音章雪は伊庭に進言する。
同時多発的に拝殺が行われるのであれば、那賀斗に向かう幕僚が危険である。
伊庭は灰音の言を重く見、戦況の報告と幕僚の護衛を玉杉桔梗中尉に命じた。
駐留していた暁輝の兵員輸送用鸞、「忠右エ門」に搭乗した桔梗は、一路東京へ。
先行して護衛計画を立てている風祭玲大佐と合流を目指す。
桜が満開の街道筋、道を行き交う人々が轟音と共に
一筋の白い軌跡を残して飛翔する鸞を見上げた。
蜉蝣
一
東京、番町の中央西に位置する玄嶽本部。
不知火副長の風祭玲はここ数日、那賀斗までの旅程での護衛計画に追われていた。
桔梗の到着の報をうけ、本隊の異変を察知する。
蒼白な表情の桔梗を見、その予感の的中を感じた。
「それしきの敵軍勢、御頭率いる我々の敵ではない。今は章雪の策の上敗走しているよう見せかけているが、必ず勝つ。」
報告を聞き終えた風祭の泰然自若に、桔梗の表情も幾分和らいだ。
「悪兵衛達はどうなるでしょうか。」
「弥者のこれ迄の攻勢を鑑みるに、幡殖にそれ程の規模で戦闘を行うのであれば須鶯宿は小規模であろう。悪兵衛達が一暴れして収まる。」
「幡殖と同規模の戦闘が起きた場合はいかが相成りますか。」
「環太積が間に合わねば、逃げ帰ってくる。バルザックは勇猛だが決して蛮勇ではない。井上もついている。」
風祭にここまでの話を聞き、ようやく桔梗から安堵の笑顔が漏れる。風祭は苦笑しつつ、湯気をあげる茶を飲んだ。
「暁の搭乗者は誰だ。」
「斎藤通義少佐です。」
「斎藤。以前世話になったな。鸞は? 」
「忠右エ門です。」
桔梗から鸞の名称を聞いた風祭は顔色を変える。
「まずい。誰か。」
玄嶽の瑞獣番を呼び、立ち上がる。
桔梗はわけがわからない。
緊急という事で、なにか不手際があったかと恐る恐る現れた瑞獣番に、風祭は自らの麒麟の移動を頼む。
「玲さん、どうしたのですか?忠右エ門が何か……。」
困り顔の風祭は桔梗を連れ、急ぎ暁の発着場へと向かった。
*
暁隊士の斎藤は年は二十九、短髪に壮健な身体、朗らかな笑顔を見せて敬礼した。
「風祭大佐。御無沙汰しております。」
答礼を返した風祭は瑞獣舎を見、小声で斎藤に告げる。
「忠右エ門は。」
「舎の方で休養中です。昼寝ですね。いかがなされた? 」
唯ならぬ風祭の表情を斎藤はいぶかしむ。
「モウカで来ている。」
「それは」
斎藤も顔色を変えた。
「モウカ号はいずこに? すぐに距離を。」
「瑞獣番に指示を出した。崎ヶ谷に移動させている。」
「左様ですか。……ならば大丈夫でありましょう。」
斎藤は胸を撫で下ろしている。
「副長、一体どうしたのですか?」
落ち着いた二人の様子をみて、桔梗が問う。
気まずい表情の風祭の代わりに斎藤が答える。
「以前任務で大佐に忠右エ門が一週間程同行させていただいたのだが、 その際、
忠右エ門が非常に大佐に懐いてな。」
「あの気難しい子が? 」
「うむ。それはもう仔のように大佐を慕った。それは良いのだが任務終了の際、モウカ号が大佐と共にいるのに嫉妬してなあ。」
困り顔の斎藤と風祭に桔梗は笑いを堪え切れない。
「忠右エ門が癇癪を起こして暴れてな。あれは、水沢基地でしたか。」
「うむ。瑞獣舎を擁する暁輝の駐屯地を荒らしてしまった。」
「……それは、大変でしたね。」
口許を手で覆い、笑いを噛み殺している桔梗を恨めしく両名は見た。




