十一
雲間から光が差し、平原の彼方此方を照らし始めた。
ただ一人歩み寄り佇む人間を、阿修羅達が見下ろしている。
巨大な戦神の彫像のようなその姿、端正な青年にも似たその表情に、
怖れの色が浮かんでいる。
阿修羅は人間、というよりはその者が内包する士魂に反応していた。
伊庭は片腕ずつ、ぐるぐると回してため息をついた。
「鈍っておる。抜くのは久しぶりか。年だな。」
魁音刀が低く唸り声を断続的にあげる。
「久些那岐。お前もそろそろ大人しくなってくれぬか。」
愛刀に呼びかけ、ゆっくりと刃を抜く。
鮮やかな紫の火花が散った。
白銀の棟に飛翔する龍の姿が鮮やかに彫り込まれている。その数八頭。
「吶喊白兵衆参 不知火。」
「隊長、伊庭辰之進中将である。」
「狗族。」
「我自ら八百万に帰してやる。ありがたく思えい」
伊庭の怒号と共に、六体の阿修羅が叫声を上げて殺到する。
大上段に構えた伊庭の魁音刀の刃を中心に衝撃が発生し、爆音が響いた。
刹那の沈黙の後、白炎で燃え上がった剣を伊庭は振り下ろす。
「蛇之麁正」
激しく発光する爆壁が剣の軌道上から次々と生まれる。
長く尾を引く死の光は同時に六体の阿修羅の足元から頭頂まで爆破しながら突き抜け、上空に衝撃光が上っていく。
さらに別の二本の魁音撃が、上空を伊庭を中心に回転している。
一撃で阿修羅六体を葬った魁音撃は、後を追うように渦を描き、回転
し続ける。
その間、編切りの残存した魂が、絶え間なく爆発し消滅している。
桃乃介が魁音撃、星巡を行使し見極めた。
「魁音撃の龍が、魂を食いつくしている。」
瞳に白い炎を宿す桃乃介は震えている。
初見である環太積の隊士はあまりの光景にその場を動く事すら出来ない。
天駈ける龍が暴れ回っているかのように見える。
戦術決戦魁音撃、とは阿波野の記憶通り幕僚の承認許可なくば使役を
許されない程の強力な制圧兵器を指す。
個人の魁音撃で使役出来るのは本閥の侍二千二百名中、伊庭を含め二名しか
存在していない。
精神力により爆壁の軌道を操作、常時八つの攻撃目標を設定できる能力を持つのが伊庭の魁音撃、爆璧神代魁導砲、「蛇之麁正」である。
月追のような視認した目標を追尾するのではなく、目標破壊後も貫通力を
もった爆壁が攻撃し続ける、桁違いの戦闘力である。
本閥の隊士をして、それは「神代の剣」と呼ばれ知られていた。
*
幡殖宿の中央、弥者達が蛇之麁正を目撃する。
次々と破壊され、倒れていく阿修羅。その上空を死の明滅を続けながら
渦を描いて飛翔する魁音撃の龍。
「あれは、龍の巣。」
クロマシラが怖れ戦きながら口走った。
スメロキはマカミと合流し、掃討戦の支度を終えていた。が、急ぎ停戦の
命が下された直後であった。
「あれがワリヂカラなのか。人に非ず、魔神のようだ。」
スメロキノミコトも思わず言葉を漏らす。
配下のウツセミ、ミハカ、カタガイも恐怖の眼差しで見上げている。
阿修羅の惨死と共にそれを操っていたモガミノヒメは意識を失った。
「確かに、あれはヨモツノカミの禍々しい力。決してミコトは近づいては
なりませぬ。」
クロマシラが、スメロキを庇うように前に立った。
「何故だ、クロマシラ。そのような力ならば、猶更ヤシャビトがそれを
打ち砕かねばならぬ。」
「あの魔を打ち払うために、私は命をかけて戦う。皆を護る。」
スメロキの声は震えていたが、その言葉に弥者達は首を下げた。
祷りを捧げるウツセミの頬に涙が伝う。
スメロキの背後に控えるミハカは、燃え上がらんばかりの憎悪の眼差しで
平原の侍達を睨んでいる。
無言であったマカミがスメロキの肩に手を置き、目で頷いた。
背を見せ、手を流す。それが全軍撤退の合図であった。
*
兜を脱ぎ、刀を杖にして立つ伊庭の表情は、憔悴を隠し切れない。
幾多の戦闘の経験を積み、強大かつ、練りに練られた伊庭の士魂も、
魁音撃の一斉射で底をついていた。
不知火、環太積、玄嶽の部隊は一塊になり伊庭の後方で膝をついている。
「章雪、斥候を出せ。」
「幡殖宿、北方、南方の街道に向かわせます。」
床几に腰かけた伊庭に、悪兵衛が竹筒の水を差し出す。
「すまねえな。酒か。」
「水です、御頭。」
隊士達から笑顔が漏れる。
「貴様ら、わかってはいるだろうが俺はあと三日は撃てぬ。」
「弥者が攻めてきたら譲る。俺以上に斬ったら報奨を出すぜ。」
「無理ですよ、御頭。」
バルザックの声に皆、笑った。
環太積の隊士を一人ひとり労う上条源之助の背を、阿波野敬次郎は見つめている。皆、安堵の笑顔を向けている。
(敵はこれ以上の行動はすまい。重厚だが柔軟な戦略を繰る者達だ。不測の事態に陥りながら、無理な攻撃を続けるとは思えぬ。)
ふと、不知火隊士に囲まれている伊庭を眺める。
(蛇之麁正。人間一人が使役するには強力過ぎる。我々は軍神と共にいるのか。……そしてその配下である白緑の炎の侍達。兵員数を減らしはしたが、あれほどのちから。中隊程度でありながら戦闘力は師団に匹敵する。霧島参謀長が疎まれるのもわかる。)
深く考え込む阿波野は、上条の声で我に返る。
環太積の輪に入り、今後の状況予測を伝えながらも、阿波野の心は暗澹と
していた。
差し始めた雄黄色の強い光が、勝利した侍達を照らしている。
揺れる炎の戦旗が、墓標のように並び立っている。
鉾と龍 了
ご精読ありがとうございます。
書き貯めた分が無くなりましたので、更新はしばらく先になります。
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